第5回「産業にはならないといわれたアウトドアが今、産業に再チャレンジする」

三好利和氏 (野外教育事業所 ワンパク大学)

バックパッキングとマインド文化
2月16日17日に第5回の青少年野外教育全国フォーラムが東京のオリンピックセンターにて開催されました。300名の募集に定員以上の応募があり、330名の人が日本全国から今年も参加しました。2日めの全体フォーラムにパネリストの一人として山と渓谷社の方が参加しました。面白い話題提供でしたのでちょっとご紹介します。

その方は昨年休刊となった月刊アウトドアの編集長である森田氏でした。雑誌アウトドアが発刊されたのは1976年です。アメリカで起こったバックパッキング文化を日本にも伝えたいという思いからでした。バックパッキングはアメリカの若者がベトナム戦争への否定から始まったヒッピー文化が発祥であり、その根底はマインド文化でした。最低限必要なものを自分で担ぎながら、自分の足で様々な土地を渡り歩きながら、自己を見つめなおし、様々なテーマについて再発見をすることでした。今の人達にはバックパッキングもヒッピーという言葉も死語かもしれませんが、私が大学に入学したのが1974年。アウトドア関係 (ローバースカウト) のサークル活動に没頭した学生時代はまさに盛りあがりをみせていた時代の真っ只中でした。アウトドアが次第に、物質的な「もの」に意識が変遷していき、80年代に始まった車を使ったキャンプ、カーキャンプ (オートキャンプ) につながってきたのでした。そして90年代後半には一つの壁にぶつかりました。当時の通産省の諮問を受けた時の結論は産業にはならないという結論だったそうです。しかし、そこから、教育的アプローチガ始まり、文部省 (当時 現文部科学省) とのかかわりが生まれ、「青少年の野外教育の充実に関する」報告が発表されたのが1996年であり、野外教育の元年といわれる時代になったのでした。

産業となりうるに大切なことは「人のこころ」だ マインド文化からはじまったものが、もの文化を経て、今、またマインドに焦点を合わせようとしているのです。産業の旗振り役だった通産省 (当時) があきらめたことを、教育の旗振り役の文部科学省の力で、今、産業としてなろうとしている。(まだ、なるかどうかはわかりませんが)

日本のキャンプ文化を拡大した学校主催の教育キャンプに批判が生まれつつあり、それに変わって民間レベルで気づきあげてきた手法が取り上げられる時代の今、とにかく、大きな曲がり角であることにはちがいないでしょう。

森田氏も強く主張されたのは、産業となりうるに大切なことは「人のこころ」だということでした。21世紀を迎え、可能性は高いものがあるのは確かでしょう。CONEの岡島さんが「自然学校をつくろう」という本を書かれました。ものすごい展望が書かれていましたが今、民間団体として活動している我々がしっかりとした活動を実施し、指導者を養成することが不可欠なことではないしょうか。自分の足元をしっかり見つめながらも1歩づつ前進しなければならないと認識を新たにしました。

なんとか皆さんの力で産業にしましょう。

 

□三好 利和 (みよし としかず) 氏プロフィール 
1956年6月:四国・松山市で生まれる
1978年:立教大学経済学部卒業
在学中は立教ロ-バースに所属。アウトドア活動に専念
インドネシア スマトラ島へ海外遠征も行う
卒業後は伊豆七島三宅島の観光牧場「人間牧場」に就職
観光業と「ワンパク大学」の企画運営を担当
1988年:施設の閉鎖に伴い、独立し、(株)ハロートラベルを設立
野外事業部として「ワンパク大学」の事業を継続
1999年:事業所名を野外教育事業所ワンパク大学とする

日本アウトドアネットワーク (JON) 運営委員
日本環境教育フォーラム 個人会員
日本野外教育学会 個人会員
エコーツーリズム推進協議会 個人会員
東京都キャンプ協会 理事

□団体について
団体名:野外教育事業所 ワンパク大学

「新しい発見・大きな感動」をキーワードに、年間を通じ、四季にふさわしい体験から「生きていく力」を身につけ、感性豊ないきいきとした「ひと」を育成するための野外教育の実践を目的として、新宿区に事務局を置いて活動しています。

年間を通じた主催事業は幼児から高校生までを対象としています。その他に受託事業として新宿区や専門学校、旅行会社の事業を実施しています。2002年度は海の関する活動の指導者養成にも力をいれていきます。

 

次回は然別湖ネイチャーセンター 石川昇司氏です。お楽しみに!