第72回「コクラン」

《コクラン ラン科》

実はこのラン、野生ではない。といっても栽培しているとも言い難い。本当は野生種なのだが、なぜかぼくのマンションのベランダで咲き出した。

数年前の冬ある日、友人にベランダの植木鉢の土が欲しい、と話した。マンション住まいをしていると、土も買わねばならない。だから畑をやっているその友人に無心してみたのだ。そうしたらぼくの趣味を知っている友人は、畑の土ではなくわざわざ近隣の林の中からバケツに一杯の土を取ってきてくれた。「色んな植物の種や根っこが入っているかも知れないよ」と言う。ぼくとしては身近な畑の土を頂こうと思っていたのだが、農業をしている人は畑の土を誰かにあげるなどという行為はしないのだともいわれた。何だか申し訳ないことを頼んでしまったと後悔している。

そして2年ほどした頃、なんとその土からコクランの葉が顔を出したのだ。しかし花は付けず、嬉しいのと野の花をこんな風に独り占めすることの後ろめたさがない交ぜになっていた。ところが今年とうとう花を付けたのだ。よし、この事を正直に公開しよう。と思った。そうすれば少しでも後ろめたさからは解放される。

花は小さい、写真は三つ咲いているが一つの花だけでは、1cmほどだ。夏の最盛期に常緑の広葉樹林帯に咲くので、咲いている姿をほとんど見ることはない。まずもってそんな暑いときに広葉樹林帯を歩くなんていう人はいないだろう。しかも花は小さい。ぼくも林の中では見たことがない。歩くのに快適な冬の季節にはいつも葉っぱばかりだ。だから正直なところこの花を見られたことは非常に嬉しい。友人に感謝しなくてはならない。

図鑑によると茨城県から屋久島、台湾。おそらくは南アジアに分布する。と書かれている。

P-MAC 野外教育センター 石井英行