第64回「コマガタケスグリ」

《コマガタケスグリ ユキノシタ科》

葉は円腎形で5中裂。葉腋から下向きに総状花序を出す。花の色は黄緑色で多数つける。図鑑からとって張り付けたような説明を書いたのには訳がある。

ある時、お客さんの一人から「あの時の花を一度見たいのですが、花の名前を教えて下さい」と言われた。このての質問は一番手強い。だが、こういう時は、ぼくの方から矢継ぎ早に質問をする。「いつ頃ですか」「ぼくと一緒に見ましたか」「何か特別な解説をしましたか」「どこの山ですか」「季節は」。こんな質問全てに答えてくれて、しかも解説をした一部でも覚えていてくれるとほぼ完璧に分かる。季節と山さえ分かってしかもぼくがわざわざ説明した。と言うのだったら、ぼく自身それほど豊富な知識があるわけではないので、小さな引き出しの中身くらいすぐに見つかる。

ところがその人はいきなり「葉は円腎形で5中裂でした。葉腋から下向きに総状花序を出していました」というのである。こんな質問のし方をする人が本当に花の名前が分からないのか。試されているのか。とまで疑ってしまった。だが、よく聞いてみると本当に分からないらしい。なんでも、奥さんが撮ってきた写真の整理を手伝っていたのだという。一つ一つの写真に場所の名前を書き込んだり、花の名前を記入したりしていたら、どうしても手持ちの図鑑に載っていなかったのだという。だから特徴はメモしてきたのだが写真を持ってくるのは忘れてしまったという。それにしても質問の言葉が尋常ではない。これだけの知識があるのに本当に同定できないのだろうか。

それでも○○山で、季節は春。と言うところまで答えてくれたのでぼくの引き出しをフル回転(変な表現ですが)させた。幸いその方の奥さんはぼくのツアーの常連のなので、この場でもし分からなくても次回には写真を持ってきてくれるだろう。と多少は気が楽だった。でも、やっぱり沽券に関わる。この日のツアーは休憩毎に「葉は円腎形で~~。」と繰り返す羽目になった。

で、ツアーも終了間際、確信は無かったのだが「コマガタケスグリ」で図鑑を調べて下さい。と申し渡した。結果は。ああよかった。明くる日わざわざメールで間違いなかった旨連絡があった。と、ここまでは良かったのだが、その後来るは来るは同定の依頼が写真貼付で3ヶ月くらいは続いただろうか。でもそこでぱたりと止んだ。いささか辟易としていたが音沙汰が無くなるとこれまた気になるものだ。数ヶ月して奥さんがぼくのツアーに参加して「お騒がせしました。定年退職して暇だったものですからやることが無くて。でも今は図鑑を抱えてあちこち一人で出かけてます」とのこと。

うっかりメールアドレスを教えてはならない。という教訓と仲間が増えたな。という喜びが重なった。 「コマガタケスグリ」の思い出でした。名前の由来は木曽の駒ヶ岳で最初に発見されたからからだと言うことです。

P-MAC 野外教育センター 石井英行