伊勢達郎 NPO法人 自然スクールトエック(TOEC)

キャンプの下見と地元の方との打ち合わせを兼ねて徳島から2時間程、車を走らせる。 ここは、高知と徳島との県境、宍喰町竹ヶ島。アオリイカのシーズン。 キャスティングすること数十回。アタリなし。仕掛けを変えて、ガシラ、アイナメ等の根魚を狙う。

そこへ偶然、マグロ漁船入港。マグロ船の船主公文(くもん)さんは、その名も「まぐろや」という食堂の大将で地域の自治会の会長でもある。 公文さんは、港に軽トラを横付けし、次々と30K級のカジキマグロやビンチョウマグロを解体してゆく。見事な包丁さばきと大将の鍛えぬかれた太い腕は、まさしく海の男。カッコイイ。久々の帰港なのでさばかれたマグロは、島の各家へお土産だ。さばかれた残りの中骨もスプーンでこそぎ取ると一匹でゆうに大きなタッパー一杯の刺身に。その場でわさび醤油でひと口。冷凍物でないだけに絶品。「旨い。」こみあげてくる笑いをおさえることができない。「これももってけ」お言葉に甘えて、カブトや心臓もついでに頂く。

南の海の恵みは、誠に豊かだ。何やら釣りすることがアホらしくなってきてしまい竿をたたむ。 浜辺で火をおこし、マグロを肴に湯割をグイッとやるとおりしも満月が真正面の海から上がるではないか。おもわず「オーッ」と歓嘆の声をあげた僕はその後、なぜだか高笑い。気分は英雄なのだ。我ながらつくづくおめでたい人間だとあきれてしまうがすっかりこの場に陶酔。目の前は、太平洋。月の光が道となって海面に輝いている。しかもまっすぐに僕に向かって。(あたりまえ!)その光を全身で受け止めているとまた笑いがこみあげてくる。

次々と杯をかさね感動して、僕は、猛烈に意欲がわきあがってくるのを感じた。指導者、ディレクター、ファシリテーター等々呼び名はあれど、要するに我々はアウトドアが大好きな一人のキャンパーなのだ。ひとときでも単純素朴な暮らしに身をおき、人や自然とのつながり感を体感する。そのヨロコビ、手応えが、産業社会の向こう側の扉を押し開く原動力だし、我々の軸なのだ。

年は喰ってもそのエッセンスを感じとり、見極める力はより研ぎすまされてきている。若いやつにゃに負けないぜ。損だか得だか知らないが、それぞれ地球のかたすみで、JONの諸君、お山の大将やりぬこう。

思考と行動のギアをひとつシトフダウン。俺たちはただ遊ぶ。仕事や教育としての価値も意味もその場のプロセスと自然そのものが全てひきうけてくれるのさ。達成や発展や成長にとらわれることなく、多様性を認めあい共生していくカギは全て今ここにある。

月に向かって吠えるアウトドアオヤジの血は熱い。

 

北澤 伸之 (ELFIN体験共育くらぶ)

今年の夏も本当に暑かった。個人的には猛暑といわれた昨年よりも暑いのではないかと感じるほど。人間の調整機能を低下させないぞ!と粋がって、エアコンを使わずに夏を乗り切ろうと窓を開け放ち七転八倒の東京熱帯夜を過ごす。ぐったりとした朝を迎え、「風よなぜ吹いてくれないんだ?」と嘆き事務所へと向かう。

自宅から事務所まで約1キロを徒歩で通う。自宅も事務所も羽田空港近隣の住宅が密集した地域にある。その間に環状八号線 (環八) という4車線道路を横切る。密集地からぽっとそこに抜け出ると心地よい風が通り抜け、流れる汗を和らげてくれる。「風あるじゃん!涼しいじゃん!!」猛暑よ何処へ?このときだけは思うのである。今まであまり意識していなかったが、強弱はあるもののほとんど毎日といっていいほど朝晩風が通り抜けている。環八は羽田空港へつまり東京湾に向かっている道なのだ。

事務所で流しっぱなしのTokyo FM。「チーム・マイナス6%」「クールビズ」「打ち水」「28℃設定」が耳に残る。温室効果ガス削減のために国民一人一人ができることを行うアクション。服装はクールビズどころか短パン、Tシャツ、裸足。そしてできるだけ窓を開け部屋に風を通そうとする…がしかし。高い建物に囲まれた町工場2階の我が事務所は風向きと比較的強い風が吹かないと通らない。扇風機で風を呼び込む。いよいよ無理になると作業効率を下げないために迷いながらエアコンON!28℃設定。1階工場の熱気で冷えづらいので躊躇しながら1℃…2℃…と設定を下げる。風が少しでも通れば体感度は下がるし、気持ちもいい。エネルギーも使わない。子どもの頃はそんなことはなかった、確かに身体の温室効果がかなり高くなっているとはいえ。。。

東京のヒートアイランド現象はさらに進んでいると言われている。特にベイエリアのビル建設により海からの風が中心地に流れ込まなくなったこともそのひとつらしい。クールビズ、打ち水、28℃設定といった個々でできる努力も確かに大切。と同時に屋上、公園といった緑化や風の通り道など都市計画による環境改善で大きく変化できるものもあるのではないだろうか。といってもビルは簡単に動かせないですものねぇ。それと窓を開け放てる環境と人間関係も必要ですね。

日本へのオリンピック誘致に東京もとのニュース。その際には国立競技場を中心とした再開発を考えていると言う。それもいいけど地球のためにも、「ねぇ都知事?」

秋になりこれから冬へ。じゃぁ東京は暖かいかって?いえいえコンクリートと鉄筋でできた東京はとーっても寒いんです。

中根 忍氏 (サンゴとブロッコリーの森自然学校)

◎沖縄の観光と自然の状況
沖縄県は、「観光」で成り立っている島である。県も「観光立県」を標榜している。しかし、その観光を支えている自然資源の保護、保全、そして活用に際しては、このままで良いのだろうか?という疑問符がついてしまう。

「開発と自然」「基地と自然」なかなか相容れない問題が山積している沖縄ですが、リーディング産業の「観光」が打撃を受けてしまうような環境破壊の状況が続けば、いつしか沖縄の自然は回復不能な状態となり、沖縄の観光産業は、どんどん落込んでしまうのではないだろうか。

観光に訪れる人々の沖縄に対するイメージは、青い海やサンゴ、そしてイリオモテヤマネコやヤンバルクイナなどに代表される貴重生物の宝庫といわれる豊かな自然といわれている。その自然をこれ以上、壊さない努力と回復させる努力が、今、私たちに求められているのではないでしょうか。

◎エコツーリズムと環境教育
現在、私は、「やんばるエコツーリズム研究所」と「サンゴとブロッコリの森自然学校」という二枚の看板で仕事をしていますが、研究所の方は「観光」中心、自然学校の方は「環境教育」を中心に活動しています。しかし、それは別々の仕事ではなく、「エコツーリズムは環境教育の内容を含んで成り立つ観光」であり、私にとっては、車の両輪のようなものです。「エコツーリズムを実現させる為には、市民に対する環境教育がバックボーンになければ成立しない!」これが、私の実感であり、私の活動の目的でもあります。

◎ヤンバルの森・川・海が教育現場
私は、現在沖縄本島、北部にある国頭村安田 (あだ) に居住し、ヤンバル一円で自然体験活動を行っています。プログラムとしては、マングローブの観察会や、伊部岳や与那覇岳トレッキング、そして、比地大滝までのリバートレッキングや無人島安田ヵ島シーカヤッキングと無人島でのシュノーケル、それらの活動を組み合わせた自然体験キャンプなどが活動の中心です。

それらの活動は、どれをとっても、環境教育としてのテーマが含まれており、説明も行うのですが、できるだけ良質の自然の中で体感してもらい、気づいてもらうことが、重要なことと考えています。特に、マングローブの観察では、マングローブが果たしている生態系での役割、「海を守る役目、陸側を守る役目」そして、地球温暖化にブレーキをかけるには欠かせない存在であり、そこから見えてくる私たちの食生活との関わりが、どの程度地球環境に影響を及ぼしているかを理解してもらうのに大切なプログラムです。

また、川の中を歩くプログラムでは、ヤンバルのほとんどの川に設けられた砂防ダムの存在が、川の生物や、海の生物・サンゴにどれだけの影響を与えているかを理解してもらうことを中心テーマにおいています。もちろん、どのプログラムも自然の中で楽しむことが重要で、楽しむ中に、環境教育のファクターを取り入れてプログラムを構成することに腐心しています。

自然が楽しく、かつ、素晴らしい場所であることへの認識が、人々の責任ある行動へつながれば、それは、沖縄の自然の保護、保全、そして復活 (再生) への動きに変わるのではと考えて活動しています。

◎家庭や学校でもっと環境教育を
また、できるだけ学校教育の中で教えて頂くことが重要だと考え、自然体験活動のリーダー養成やPW (プロジェクトワイルド) という、野生生物を生態系の中心においたアメリカで行われている環境教育プログラムの指導者養成なども、教育委員会へ働きかけて、実現できるように力を注いでいます。この方面は、なかなか思うようには進みませんが、あきらめずにアプローチを続けていきたいと考えています。

このように、沖縄観光の核ともなりうるエコツーリズムが根付くには、家庭や学校などで、野外活動や総合学習などを通して環境教育を行い、地域の自然環境から地球環境に至る生態系のつながりなどを、体験活動に交えながら実践していけば、十年後、二十年後の沖縄は、今よりも豊かな未来を感じさせる社会と成り、エコツーリズムが成立する社会となるのではないでしょうか。

◎JONの活動に期待
最後にJONの皆さんがおこなっている、あらゆる活動は、経済万能主義から脱する人間性の回復を促し、日本の社会環境を変えうる人材を育てる可能性を持っていると思います。

JONの皆さん、共に頑張りましょう。(かなりひいきめですが・・・)

共にがんばりましょう カリー!

西村 仁志氏 (環境共育事務所カラーズ)

みなさんこんにちは。環境共育事務所カラーズの西村仁志です。1993年に勤務先のYMCAを辞め、30歳で個人事務所「環境共育事務所カラーズ」を立ち上げて、またたく間に10数年が経ちました。この間にはJONのメンバーのみなさんをはじめ、全国の野外教育関係者との出会いがあり、仕事の中身も自然体験からまちづくり、人材育成、自治体行政のお手伝い、大学非常勤講師など幅広くなってきました。

一昨年40歳となり、また開業後10年という節目にもなりますので「次の新しい飛躍」へのきっかけづくりを考えていたところ、大学院進学への興味が湧いてきたのでした。

「西村さんって大学では何がご専門だったのですか? 野外?、環境?、教育学?、生物学?、」こういうのって困った質問です。大学非常勤ではもう5年も「環境教育論」なんて科目を担当しておきながら、実は大学で専門的に学んだわけではありません。もう20年も前、大学では経済学部に在学していましたが、YMCAに入り浸りの生活。体育あそび、野外活動、サマーキャンプ、スキーキャンプとこどもたちとの活動のやりたい放題で、大学は定期試験だけを受けに行くようなもの。4年間でなんとかギリギリ卒業単位は取得して卒業したものの成績は散々で、とても「専門は経済学でした」なんて言えたものではありません。しかしこんな私でも現在の仕事をしながら世間様のお役に立てるわけですから、自分で言うのもなんですがエラいものです。

さて、そういうわけでこんな私ですが一念発起して、もういちど大学で学ぶことにしましたのです。しかも大学院にしようと。京都在住ということもあって選択肢はいろいろあったのですが、母校の同志社大学に18年ぶりに戻ることになりました。総合政策科学研究科というところです。公共政策や企業政策を取り扱う独立大学院ということもあって、学生たちの出身学部は法・経・文・工など様々です。また会社員、公務員、経営者などの社会人学生が2割程度おり、授業は夜間が中心です。

仕事と学業の両立ですが、組織にしばられない個人経営ですので時間的には融通が利きます。週のはじめに授業を集中させ、週末を中心に仕事の予定を入れます。また平日午前中は家でデスクワークをして、午後から大学に行くなど、比較的仕事に影響が出ることは少なくてすみました。それから、ありがたいのは研究環境です。豊富な蔵書のある図書館と共同研究室には自分のデスクと書棚とインターネットがありますから、まちなかに「第二オフィス」ができたようなものです。

指導教授の今里滋先生は行政学がご専門ですが、福岡を拠点にまちづくり、地域づくりの市民活動を活発に展開しておられます。理論と実践の両方で学ぶところ大です。また現役学生と社会人の入り交じった学生同士の交流もなかなか刺激的です。

というわけで楽しんで、そして期末レポートには苦しみながら、一年間の学びが終わり、自分でもびっくりするような良い成績を頂いて (そりゃ自腹で勉強しに行っているのですから)、無事二年目となりました。いよいよ今年は修士論文を仕上げなければなりません。この業界とも関係の深い「自然学校」を「総合政策科学という視点で」輪切りにするのが論文の主旨です。「自然学校」は教育、自然保護、地域づくり、観光振興、社会起業などさまざまなテーマや分野、政策と関連し、社会的に大きな意味や役割をもつようになりました。なんとかこれを研究成果としてモノにしたいと考えています。JONにつながる皆様にもぜひいろいろ助けていただけるとありがたいです。

 

西村仁志 (にしむらひとし)

環境共育事務所カラーズ代表・同志社大学大学院総合政策科学研究科M2
1963年京都生まれ。YMCAに勤務の後、1993年個人事務所「環境共育事務所カラーズ」を開業。自治体や企業、NPO等の環境学習・市民参加まちづくりのコーディネートや研修会の企画運営などを行っている。メールマガジン"Colors of Nature"発行人。

環境共育事務所カラーズ
http://colorsjapan.com

安原 政志氏 (NPO法人 自然教育促進会)

地元小樽で活動を続け、15年が経過してしまいました。事務所は新興住宅地にあり、年々削られる子どもたちの森の遊び場を見てため息が出る毎日です。けれども、皆さんのパワーに負けず「がんばらねば!」と新年度に向け、あれやこれや事務作業にも追われる日々を過ごしております。皆様は如何お過ごしでしょうか?

毎年、この年度の切り替わりの時期「私たちは、子どもたちを自然の中へどれだけ誘えるか?」と考え『子どもは、遊びから』『子どもは、自然から』大人になるための方法を学ぶんだよなーとつぶやきます。

先日、毎月の恒例のキャンプが落ち着いた夜、中学生のジュニアリーダーたちが何やら大泣きしながら1人のスタッフに不満や自分達の存在について訴えていました。身体はどんどん大人へ近づいて行く、心は子どものままでいたい部分と大人扱いされたい部分が交錯して、揺れ動いている一端を垣間見ました。学生の訴えの中には「物事の表面は良く見えているが内面が見えていない。」と思われる表現が多くありました。学校へ行って、塾へ通う毎日。暗記力勝負、暗記力評価の世界から抜け出さない限り、そんなストレスは多くなるばかりでしょう。

昨年、高校の野外の授業で川釣りに隣村へ出かけました。学校では見せない笑顔がそこにありました。道糸の付け方、エサの付け方、釣り方を話し「さぁどうぞ!」という段になってもなかなか動かない高校生。不思議な時間が流れました。担当の先生と話してみると「ロープを結ぶ」「川で遊んだ」などの経験が無い子が多かったのです。何とか釣れ出すと時間も忘れ、熱中していました。

何とその数日後、そこにいたおとなしく静かな、印象の薄い生徒の一人が新聞沙汰になる事件を起こしてしまいました。「何であの子が?」という子だったのです。大変ショックな1日でした。 子どもは、幼児期から小学校低学年にかけてどんな大人になるかという基礎を築き、その後、中学、高校生と多感な時期には子どもから大人へふらふらとしながらも、1つずつ経験しながら学ぶのでしょう。

私たちが行っている活動が更に各地域に根付いたものとなり、1人でも多くの子どもたちが、少しでも多くの時間を、自然の中で遊ぶことができる環境が広がることを願っています。

田中 住幸氏 (NPO法人 あそベンチャースクール)

暖冬と言われていたがそんな事はない。年明けから一時的に雨の降る日や気温のゆるむ日はあったものの、真冬日 (最高気温が零度以下の日) が続き、雪もどっさり降っている。ご存じのとおり、札幌をはじめ北海道内の子どもたちの冬休みは長い。クリスマスから約1か月間続く。ヒグマのように“雪が降ってきたから冬ごもり”といきたいところだが、仕事柄そうはいかない。『雪の中で思う存分遊べるのは北国の子ども達の特権だ』と唱えながら、寒さにマケズ子ども達と共に雪の中での自然あそびを堪能している。

そんな札幌ならでは (?) の、雪の中での自然あそびをいくつか紹介したい。

【すべる】
とても楽しく大人気のあそび。すべるスタイルは、道具を使わない尻すべりから、米袋、そり、タイヤチューブ、スコップ!?まで・・・。市内にはスキー山がある公園が多く、数年前には郊外の大型公園内にロープトー完備のチューブ滑り場が登場したりもしている。豪快にすべるのはもちろんだが、何よりも楽しいのは自分たちでコースを作ってすべる!こと。ジャンプ台が登場したり、カーブが現れたり、とにかく大人も子どもも夢中になれる。

【掘る、積む】
といわゆるイグルーやかまくらなのだが、子ども達とのあそびではあまり形にこだわることなく、雪ブロックの作り方や雪の接着の仕方などを説明し、あとは『ヒミツ基地をつくろう!』のひとことで、掘ったり、積んだりをどんどん進めていく。トンネルやすべり台、落とし穴が登場し、いつのまにやら子ども達のヒミツの場所が出来あがる。ろうそくの灯りを用意して夜にヒミツ基地に行ってみるのも最高に盛りあがる。

【投げる】
国際大会も催される程になった雪合戦。細かいルールや勝ち負けにこだわりすぎることもないのだが、チームを組み自分たちでルールを確認しあって審判も設けて行う事で、いつもの何気ない雪合戦よりも集中力が高まり、チーム内での作戦会議も頻繁に行われる様になる。前述のヒミツ基地を作った後、基地を使っての雪合戦なんてのは俄然モチベーションがあがるようだ。

【食べる】
何はさておきアイスクリームかと…。コーヒー豆用の缶にアイスの材料を入れ密封。この缶よりも大きい頑丈な入れ物の中に塩と雪そして密封した缶を入れ、コロコロと転がすこと十数分…。あらフシギ!缶の中にアイスクリームの出来あがり。外側の入れ物の調達に苦戦した。蹴ったり、投げたり、転がしたり、ちょっとやそっとで壊れない物をと…。漁業用のブイに穴を開けた物が何よりも使い勝手が良い。あわせて、アイスの味はバニラよりもチョコの方が子ども達の満足度が高い様子。

【釣る】
氷上でのワカサギ釣り、北海道ならではでもないが…。子ども達の釣りに対するモチベーションは非常に高い。きっと、釣りをする機会が圧倒的に少なくなって来ているのだと思う。大雪山系から流れ出し石狩湾に流れ込む石狩川、治水工事で切りとられた部分 (川) が流域のあちこちに三日月湖として残り、冬には結氷しワカサギ釣りのポイントとなる。道東がメッカ、のイメージが強いワカサギ釣りが札幌郊外で手軽に楽しめる。

「雪は天からの手紙」という言葉を残したのは北海道帝国大学の中谷宇吉郎博士 (1900-1962)。先日、“100年後には札幌の気候は現在の東京並になると予想されていた”と知人から聞いた。真偽は確かではないが、もしそうなれば大切な天からの手紙を受け取れないことになってしまう。雪を愛し自然を地球を愛する子ども達を少しでも増やそうと、これからも寒さに負けず頑張ろうと思う。

あそベンチャースクール
http://www.asove.rexw.jp/

目黒 義重氏 (どんころ野外学校)

小さい頃、面白くて夢中になって読んだ本というのが幾つかある。

最近、そんな本を何冊か読み返して見た。勿論、あの頃のような感動を期待した訳ではなかったけれど、少し、失望を味わった。

大きなクワガタも棲む哲学の森は、どんころの全てのいきものの憩いの空間

ジュール・ベルヌの「地底旅行」、「十五少年漂流記」、デフォーの「ロビンソン・クルーソー」など。しかし、再びあの感動が蘇えることはなかった。小学生の頃に読んだ本であり、五十過ぎて、もう味わえないのは当然と言えば当然なのかもしれない。

「ロビンソン・クルーソー」については、新潮社の文庫本で出ている高橋大輔著の「ロビンソン・クルーソーを探して」というのが面白かった。これは、勿論、大人向けの本である。「ロビンソン・クルーソー」を読んで、その感動を忘れられなかった青年が、なんとその本には実在のモデルがいたということを突き止めたドキュメントである。そうか、こういう味わい方をすれば良いのだ、と私は気が付いた。しかし、「地底旅行」に実在のモデルがいるとはちょっと考えられない。

そこで、こんな商売に落ち着いたので、なにかの役に立つだろうと、たまたま私の住んでいる南富良野町の図書館 (実際は、福祉会館に併設されている小さな図書室) に、あの懐かしい偕成社の「ファーブル昆虫記」を見つけたので、読み返してみた。この本は特別だった。再び受けた衝撃は、むしろ子供の時より大きかった。感動で頭がいっぱいになり、内容はすぐに忘れてしまうほどだった。また、幼い時とは違った感想も抱いた。百五十年ほど前、ファーブルに観察されたフンコロガシやハチやカメムシなどの昆虫達は、当然のことながら自分が観察されていたとは気が付かなかっただろう。ひょっとしたら、地球上の人類もファーブルの昆虫達のように、誰かに観察されているかもしれない、などとおかしな事を考え始めてしまった。

「銀河系の知的生命体観察記」などという本が、この宇宙のどこかに存在しているかもしれない。最近の宇宙論の多世界解釈によると、沢山の宇宙が無限に存在するそうだから、あらゆる宇宙の知的生命体の観察記なんていうものすごい本も、もしかしたら存在するかもしれない。

こんな本を私達人類が読むことが出来れば、地球上には、間違いなく戦争なんていうものはなくなるだろう。しかし、たとえ、そのような偉大なる観察記が存在したとしても、私達が読むことはおろか、手に触れることも出来ない世界に属するものなのだろう。ファーブルに観察された昆虫のように。

丸茂則和氏 (日本児童野外活動研究所)

こたつにあたって一緒にテレビを見ながら、16歳になる娘とこれからのことなどを話していた時のことだ『お父さんは、私の言っていること反対しないね』と娘が言った。もともと将来のことなど親が決めることではなく、自分自身が考えて決めることだと思っており、良い機会なので、できるだけ娘の話を聞くことにした。とりとめもない彼女の話が続いた。

十分に社会経験のない年頃のこともあって、自分のこれからの事など、まだまだ曖昧で『~だったらいいなぁ』とか、『~のような仕事がしたい』などこれからの先の事柄よりも、テレビの影響なのか目先のことに目を奪われているようである。親が『君自身の大切な将来のことなのだぞ!』などと真剣に突き詰めようとする気持ちにはならない。無理もないことかもしれないが、正直なところ娘は、明確な『答え』はもっていないことがわかった。

自分の人生は自分で決めるなどと言ったところで、所詮、自分の過去の経験に照らしても、すべて自分自身が人生を切り開いてきたなどと言えたものではない。様々な出会いと、様々な失敗を繰り返しながら現在の自分があるのだ。

振り返れば恥ずかしいことばかりが思い起こされる。人様に胸を張って言えるものが自分にはあるのだろうかと『自問自答』してしまうこの頃である。そんな父親が娘に『君はこういうことが良い』などと、言えるものではない。

そんな私でも、息子、娘達は私の仕事に対して多少なりとも信頼と誇りを持っているようである。嬉しいことだが、だからといって私の仕事を勧める気は毛頭ない。私の仕事は私自身だからである。したがって何者にも取り替わることができない。たとえそれが息子や娘であっても不可能である。彼等も自分自身の将来は自分自身で形づくって生きてゆかなければならないのである。

私が『急いで答えを出すことが一番大切なことではないよ、時には寄り道や迷うことも貴重なことだよ!』『そんな時は、気持ちを大きくして遠くをながめることも大切だよ』と言うと急に『私、海見に行きたい』と娘は言った。

そのようなことに関しては妙に決断が早い娘である。悩んでいるように見えて、何か軽いように思えてしまうのは親の影響かと責任を感じてしまう。娘に伝わらないかもしれないが、親としては『自信』『誇り』をもって自分の『道程』をしっかり歩んでほしいと願う、妙にものわかりのよい父親なのである。

そんな会話の後、私も娘と一緒に『海』に行きたいと思っている。

占部 澄子氏 (U-Works Inc.)

はじめに一言「一村さんバトンタッチありがとうございます」。

今年は春から超過密スケジュールの反動か、それとも加齢からか病気とケガに追いまくられ『ああ~、やっと年を越せそうだわい・・・』と一息入れた矢先、リレーコラムの原稿依頼(一村さんからのバトン)が舞込んできました。

JONの活動にはここ数年ほとんど顔を出さず、送られてくる会員名簿をめくり浦島太郎状態。『占部って誰・・?』なんて事になっては大変だあ~!

ならばこのコラムを近況報告の場として活用させていただきましょう。

私、占部はU-Works Inc.設立以来、野外活動らしき活動には全く参加しておらず、もっぱら机上の活動ばかりです。海外旅行のひとつの切り口として〔自然に触れる〕をテーマに観光局、商工会議所、旅行会社、現地オペレーター等との連携で、旅行企画促進のためシンポジウム、ショウ、視察などに参加し自然との接点はありますが、出かけるときは、もっぱらスーツ姿にハイヒール、キャリーケース引っぱって、PC片手に・・・なんてスタイルです。かつて愛用したリュックにシュラフ・・の品々は今や押入れの奥に眠っています。

しかし、私が以前から望んでいた自然に触れる体験=「年齢、スキル、費用、場所、男女、国籍等問いません」スタイルを提案し続けてきた成果が、このごろの自然体験型旅行企画に生かされていると自負し満足しています。また、U-Works Inc.の主催事業においても、乗馬を通した友情の輪が広がり、毎年数本の海外乗馬トレッキングの企画催行を果たせていることは、嬉しく感謝のかぎりです。
とは言え『スッピンで自然にどっぷりつかりたい!』という私個人のフラストレーションは溜まる一方。今夏、長い間夢見ていたアイスランド行きを決行しました! (仕事抜きのプライベートで・・・)。

メインは一週間の乗馬トレッキング。純血種アイスランディック・ホースに乗って、毎日旅をするのです。旅の参加者のお国柄は米国、ドイツ、スイス、オランダ、スウェーデン、フィンランド、そして日本。ここにアイスランドのスタッフを加えて総勢30名ほど。加えて馬が70頭。毎日6~7時間は馬で大自然を駆け抜けてのトレッキング。途中騎乗馬を取替えながらのため、騎乗馬のほか40頭の馬も同時に移動していく馬追いでもあります。

久しぶりに、スッピン顔でトレパン・ファッション。シュラフにくるまって山小屋や公民館で雑魚寝。夏のアイスランドは白夜で、夜中の2時、山小屋から眺める夕焼け?朝焼け?の美しいこと!!しかも日本と同じ温泉入浴が毎夕の締めとあって、スッピン顔をゆるませっぱなしの旅でした。

アイスランドは日本と同じ火山島国です。温泉、氷河、鯨、イルカ、漁、フィヨールド、野鳥、バイキングの歴史etc.人口わずか23万人の島国は、とにかく自然そのものが素晴らしい!

かつては漁業が国の経済を支えていたそうですが、今日では恵まれた自然環境をいかした観光業の占める割合が右肩のぼりとのこと。今回の乗馬の旅もそうですが、アウトフィッターも多々ありハイキング、釣り、オーロラや氷河鑑賞、スキー、スノーモビルなど自然体験型のツアーが目立ちました。

旅の詳細は次回お目にかかった機会に話をさせていただくとして、私、占部個人は、心身ともに充分にリフレッシュして帰国したことを、ここに報告させていただきます。

アイスランド行きに関わって、ぜひお話ししておきたいことが一点だけあります。それは「アイスランドの動物保護」です。

日本と同じ島国であるアイスランドでは、約1100年前に島に持ち込まれた馬を始め、真赤な野鳥パフィン、鯨、イルカなどが棲息しています。動物たちは島国故に、国外から海を越えて持ち込まれる菌に対する抵抗力、免疫がなく、ゆえに感染症等が、島内全域に及んでしまうことが心配されています。そのため、海外からの乗馬と釣り客にはアイスランド共和国外務省、獣医師会による厳しいルールが定められています。

「Warning ! keep animal diseases out!」で始まり、「アイスランド共和国は島国という立地条件から島内の動物達を病気から守るために我々一人一人が責任を持って協力し合いましょう!」と英語とドイツ語で書かれたパンフレットが外国人観光客に配布されます。

  1. 生肉類の持込の禁止
  2. 新品以外の乗馬馬具の持込の禁止
  3. 乗馬用衣類のドライクリーニング、乗馬靴の消毒、以前使用した皮製品の乗馬用品の持込の禁止
  4. 新品以外 (使用済み) の釣り用具の持込の禁止

上記4点が明記され、入国前か入国時に消毒を促しています。日本の外務省ホームページからもこの点に関する詳細が検索できます。

今回申し込みをしたアウトフィッターからも「Veterinary Certificate」といった書類が届き、獣医と公の機関からの消毒証明書の提出を要求されました。

証明書には消毒液の種類と濃度 (%)、詳しい消毒の方法までが指示してあります。私は、消毒液の詳細や日本国内で消毒できる機関等について、それはそれはあちこちに問い合わせをしました。当初はどこからも情報を得ることが出来ず結局、アイスランド大使館、外務省、知り合いの獣医さん、記載されている消毒液の輸入元、農林水産省、馬種輸出入業者、動物検疫所等を経由し、たくさんの方のご協力をいただいて乗馬ブーツの消毒と乗馬用品のドライクリーニングを済ませることができました。そして、証明書に獣医さんと動物検疫所 (農林水産省) の署名を頂き出発する運びとなりました。

仕事に追われながらの手続だったので証明書を手にしたのは成田空港を出発する日。取得所要日数は約2か月 (あれこれ問い合わせたため)。ところがアイスランド入国の際、この証明書の提示を要求されず、荷物検査もなくすんなり入国。釣り道具を持った人たちは別ルートで検査がある様子でしたが、何だか拍子抜けしてしまいました。

現地の人曰く、『乗馬の客は見た目、普通の観光客と区別がつかないから係官が荷物の検査をしない場合もあるけど、検査の結果証明書がない場合はその場で消毒を強制、しかも消毒後乾燥させ、高額な手数料を払って入国することになるから・・・』とのこと。私はフムフム納得。同じツアーに参加した他国の人たちも皆、このルールを厳守していました。

この厳しいルールに対しては、極東の私たちには情報が不足等、賛否両論があるでしょう。しかし、国をあげての呼びかけでもあり、島独自の生態系保護という観点からも、協力はやはり当然の義務でしょう。

この消毒証明書話には後日談があります。 帰国してから数日後、ちょうど同じ頃にアイスランドの乗馬トレッキングに参加したという知人に、 『証明書取るの大変だったでしょう?』と聞けば、 『何その証明書って、ブーツは洗ってから持ってくるように・・とだけ。 あとは何にも注意事項なかった』

・・・・絶句。

早速現地に問い合わせましたら、入国検査も徹底していない状態だからアウトフィッターによってはめんどうな書類を要求するのは客足に響くのでは、との思惑から強制しないところもあるとのこと。

さて皆様、このストーリーをどう思われますか・・・。ご意見やその他の情報があればご一報ください。

証明書を取るには大変な労力と時間が必要でした。が、初めて経験することでもあり、結果多くのことを学ぶことができました。調べていくうちにアイスランドの動物保護政策に興味が出てきたし、次回のための消毒ルートや情報ネットワークも出来たので良しとしよう!というのが現在の心境です。

また来年も「休暇をとって、行きたいトコロへGo!(どこにしようかな・・・)」を目標に、鍼灸に通いながら頑張るか!!!ヨシヤ!

皆さん!最近、新しい体験してますか?

U-Works Inc.代表 占部 澄子 でした。
http://www.upjp.net/u-works
u-works@e.mail.ne.jp

一村小百合氏 (関西福祉科学大学 福祉実習相談室)

長年携わった野外活動の仕事を辞めたのは昨年春のこと。

年を重ねるごとに、どんどん好きになっていくこの世界に、我ながら誇りと自信を持っていた。しかし、その反面こだわりだけが大きくなっていき、周囲に求めるものも大きくなっていった。辞めた頃は、「野外活動から引退や、そんなに執着もないし、また好きなこと見つけてみよう!」と軽い気持ちでいた。でも、うん十年の活動をそんなに軽くは切り離せなかった。

ご縁があり、昨年から大学という世界に身をおくことになったが、1ヶ月もたたないうちに身体がついていかなくなった。窮屈な部屋の中、閉じ込められたかのように感じ、落ち着きなく、本来の仕事が手につかない状態になっていった。自分でも無意識に窓をぼーっと眺めては、新人リーダー (大学生リーダー) の入団式のことや研修のことを考えている。「みんな、元気かな?」「そろそろ夏のキャンプの準備やな~」とか・・・。「こんなはずじゃない!」と何度も自分に言い聞かせていた。

新緑が色づき始め、木々の移り変わりを目で見て、初夏の心地よい風を肌で感じた。夕焼けの煌々と輝いている色が何とも綺麗で、思わず顔が微笑んでいた。今までこんなに自然の表情をゆったりと感じていたかな?と、ふと思った。

仕事として一年のほとんどを野外で過ごし、自然の中で、自然に一番触れていると自負していたが、野外にはいるものの自然とむきあっていたのか、と考えてしまう。木々の移り変わり、緑のにおい、風の音、鳥や虫の鳴き声などなど、当たり前のように感じ、聞いてはいたけれど・・・。

リーダーたちを育て、子どもたちに実体験を味わってもらおうと、必死でプログラムに追われ、時間に追われながら、感じているつもりでいた。でも、つもりだけだったような気がする。

確かに、そんな中での自然との対話が私に多くのものを与えてくれた。喜怒哀楽を、それこそ自然に表現できたのも (少々表現しすぎたのかもしれないが) 野外活動に仕事として携わり、自分がそこにいたからこそ、得られた財産である。そうそう、話はそれるが最近自分をうまく表現できない学生が何とも多いことか・・・?

今まで、目の前にあるものを当たり前のように受け止めていたが、でもそれは当たり前のことではなく、かけがえのない得難いものであったことに改めて気がついた。仕事としての立場から離れたことで、自分に対してもそうだが、周りの環境を含め前より多くのことを考えるようになった。自然の見方、関わり方、人への接し方、優しさなどなど。以前より数倍もアウトドアが好きになったし、他人のことや自分のことも好きになった。やっぱり、野外で、自然の中でいることが、自分らしさをアピールできる、ということも・・・。

今、大学での授業を時折野外で行っている。他の先生方からは顰蹙状態であるが、学生たちにとっても、自分を発見しそして表現するために、また他人を理解するためにも、野外の、自然の力はどんな教示よりも大きい。何より私自身が落ち着くことが一番ではあるのだが・・・。

仕事としては離れてしまったが、これからはほどほどに力を入れて、自分にあった野外活動のあり方や楽しみ方を見つけていこうと思っている。まだまだ気づいていない自分発見のためにJONのみなさんとも末永いおつきあいをお願いしたい。

今年は、気が狂う前に、と思い、幼児から小学生までが月一回集まる定例会に参加したり、夏は子どもたちとキャンプへも行った。たった一年のブランクなのに、体力的にかなり参ったことがショックだったが、まだまだ負けない気持ち半分、そして新たな発見のために多くの自然を実感するために出かけていこうと思っている。

中島 豊氏 (長野大学)

数年前まで同じ津軽の地に住んでいたよしみからか、高田さんのご指名を受けての執筆となりました。高田さんのエッセイに書いてあるとおり岩木山での氏の体験は、私自身岩木山で山スキーを楽しんだことがあることなどから、とても他人事とは思えませんでした。新聞にも大きく載り、直後の対応の慌ただしさを考えて氏への連絡を控えておりましたが、6月に再会の機会を得、事の詳細を聞くことができました。心配することしかできなかったのですが、お顔をみてお話を聞いて安堵した次第です。やはり、JONのメンバーの動向は気になるものです。

さて、編集担当者より送られてきた第6回以降のリレーエッセイを読み、事業者の方ばかりであるし、研究者として何を書こうかと迷いながら筆を進めています。 私の専門は社会福祉で、中でも分野とすると児童であり、実践の援助技術ではグループワークということになります。それ以外にも、社会福祉士や高校の福祉科の教員養成などを行なう社会福祉教育にも関心を持っております。さらに、野外教育にも手を出しております。そこでは大学院での専攻が障害児教育だったこと、そして社会に出てから喘息児キャンプにも関係を持ったことなどからキャンプの治療的可能性を探っています。また、障害児福祉施設で相談援助の仕事をしていたので、キャンプカウンセリングの体系化にも取り組んでいます。

そういった立場ですので、今回はあまり触れられていない組織キャンプ (以下、キャンプ) と社会福祉の関係について少し書いてみたいと思います。キャンプと社会福祉の接点は、20世紀初頭に体系化されたソーシャルワークとしてのグループワークに溯ることができます。そもそもグループワークの源流は、19世紀後半に行なわれていた幾つかの活動に求められます。これまでの研究によれば、慈善組織協会 (COS) の活動、セツルメントの運動、ボーイスカウトやYMCAなどの青少年活動、そしてレクリエーション活動がその主なものとされています。この中で、ボーイスカウトやYMCAは野外をフィールドとしてキャンプなどを実施し、小集団 (グループ) 活動を展開していました。つまり、キャンプを「ゆりかご」として小集団 (グループ) 活動は育ち、やがてソーシャルワークとしてのグループワークに発展していったわけです。もちろん、ボーイスカウトやYMCAにおける小集団(グループ)活動は教育方法の一つとして、今日でもそれぞれの団体で実施されています。

また、社会福祉-特に児童福祉の施設や現場においては、行事やレクリエーションとしてキャンプが実施されており、さらには社会福祉教育ではワークキャンプなどと称してボランティア養成などの場としても利用されています。

歴史的にみても現在でも、キャンプと社会福祉は浅からぬ関係を持っているといえますが、キャンプ関係者にも社会福祉関係者にも、そういった認識が十分にあるとは見えないのが残念です。そこで、私はこの関係をさらに深いものにしたいと考えています。例えば、社会福祉士などの社会福祉職の養成教育にキャンプを利用できないか考えています。今日でも、看護師や保育士の養成教育ではある程度利用されているとはいえます。それを、もっと突っ込んでキャンプを養成教育の必須科目の一つにしてしまいたいのです。以下、まだよくまとまっていませんが、思いつくままにその理由を書いてみます。

特に児童福祉施設では、職員は入所児の生活モデルとなり、子どもを指導していかなければなりません。生活モデルとなるということは、炊事、掃除、洗濯などができ自活していけなければなりません。また、施設は集団生活の場なのでコミュニケーションを円滑に進め、他者と折り合いながらやっていく能力が求められます。しかし、昨今の学生はそういった生活や集団経験がやせ細っており、将来、施設職員として勤めていくには不安の念を抱かざるを得ません。また、在宅福祉関係の職員-特にホームヘルパーには、多様で豊富な生活経験が求められます。高齢の利用者宅の限られた食材で利用者に供する食事を作る。マッチでガスコンロをつける。旧式の電化製品で、場合によっては箒とはたきで掃除する。二槽式の洗濯機をみたことのない若いヘルパーが訪問して洗濯できずに帰ってきた、などという笑い話はいくらでも聞かれます。

学生の乏しい生活経験を補うために、食住を自ら組み立て限られた環境の中で律していかなければならないキャンプの生活は、十分役に立つと思えるのです。また、集団生活経験のない学生が職員となって、集団生活を強いられる施設入所者の気持ちを理解できるはずがありません。一つのテントやバンガローで数人の仲間とともに生活するキャンプは、入所者の気持ちを理解するうえで貴重な体験となるはずです。そこでは、小集団の生活に起きる正と負=協力・団結と諍い・葛藤などを体験できるでしょう。さらに、キャンプでのカウンセラーやグループリーダーは、施設職員の立場と共通する点もあると考えられます。

キャンプは自然の中で行なわれます。自然と福祉の関係を考えると、弘前や長野などの老人福祉施設では、自然とともに生活をしてきたといえる農業を生業としてきた方がかなりの入所率を占めます。ところが、職員となる学生はほとんどが農業を体験したことはありませんし、そのためか自然への関心も薄いというのが社会福祉士を養成していての実感です。そうすると何が起こってくるかと言うと、一つにはコミュニケーションが取れないということが起きてきます。高齢者との絶対的な開きである時間の差を埋めることはできないわけですから、何かしらの努力を職員となる学生側がしなければ共通話題を見つけることはできません。農業の話題や移りゆく自然を題材に話の口実はいくらでも見つけられると思うのに、学生の実習では話題に詰まり無言で立ちすくむことがしばしばです。自然の中で行なうキャンプを体験し、プログラムに自然体験・農業体験を意図的に組み入れれば、少しはそういう発想に立った話題づくりも出てくるのではないかと仄かな期待を抱いています。

以上、雑駁ですが、早ければ来年度から私が担当する基礎教育科目の「キャンピング」の授業を、社会福祉職の養成教育の一環として、このようなねらいを定めて実施したいと考えています。

高田 敏幸氏 (岩木山自然学校)

人生50年の節目を、これほどショッキングに迎えるとは夢にも思いませんでした。

穏やかな顔を見せる冬の岩木山

2002年1月19日午前11時20分それは何の前触れも無く、突然鈍い地響きとともに襲い掛かって来ました。あっという間に3人の仲間が飲み込まれました。「雪崩だ!」。後は悪夢の中をさ迷い歩く自分と、現実に対応する自分とがあり、とても不思議な空間の中にいるようでした。雪に埋もれた2人を掘り出し心肺蘇生をしたのですが、残念ながら2人は二度と息をする事も、話をする事もできませんでした。その時は悲しい思いはありませんでした。とても悔しい思いと、何でこんな事になってしまったのかと言う思いでいっぱいでした。幸い1人は無事に脱出し、私は間一髪巻き込まれること無く生還することができました。

その後は当事者よりも報道で事故を知った皆さんの方が、事故の状況や救助の状況が詳細に伝わっていっているようでした。ほとんど蚊帳の中に入れられた状態の私には、世の中の動きがまったく伝わってこない状況で、亡くなった二人の葬儀が終わるまでの3日間が空白状態でした。皆様には大変ご心配をお掛けした事と思います。改めてこの紙面をお借りし皆様に心よりお詫びと、感謝を申し上げます。

春に遊ぶ子供達

空白状態の3日間は、夢遊病者のように自分自身をつかむ事ができない状態でした。その時妻と娘達が唯一の支えになってくれていたのだと思います。その後百数十通のお電話と電子メール、その他お手紙やお葉書数十通頂くことになりました。厳しいご批判も頂ましが、大半はいたわりの言葉と激励でした。そして1ヶ月後のJON青年ミーティング「夢と思いをカタチに」の出会い。どん底の暗闇に落とされたかと思われる日々から、多くの激励とJONのネットワークから発せられる熱い思いが、あちらこちらから差し込む光に包まれる日々へと変わっていくのが、実感として捉えられるようになってきました。

夏のキャンプ

亡くなった二人の山に対する想いを、生き残された私が「カタチ」にして行く事が二人に対する供養と考えるようになりました。亡くなった一人は私の片腕として活躍していた人物です。彼とは岩木山自然学校をNPO法人にする話をしていました。でもその時は漠然としたものでしかありませんでした。逃げ出したい気持ちと進まなければならないと言う気持ちとが錯綜する中でのJON青年ミーティングは、とても大きなきっかけを作ってくれたと思っています。

事故から半年が経った今、彼らの「思いをカタチ」にするべく、岩木山自然学校をNPO法人とし、更なる飛躍と人材育成に努めていくことが、社会に貢献して行くと同時に、彼らが一番喜んでくれることではないかと思っています。

この秋岩木山自然学校はNPO法人として、津軽の自然の中で生きていきます。(2002.6.20)

中神 明氏 (エル・ビー・カヤックステーション)

今年は、島の天気がちょっと変です。エルニーニョだそうで。

ところで今年は、国連の「エコツーリズム年」と言うことでエコツーリズムを推進している方々の活動が活発になっているそうですが、島の暮らしには一向に関係が無く地域の人々は、雨の少ない梅雨空に作物の心配や魚の釣れ具合が話題にしています。

しかし、そうは言ってもこの難解な言葉「エコツーリズム」に地域住民の関心は少なくありません。最近思います。「この言葉がしっかりと日本語訳されて数年前に登場していればよかったのに」と。エコツーリズムの言葉の理解を深めていくと、「何だか、かなり日本的で、田舎には以前からあったものじゃなかったのか」と。地域の個性を認めると言うことでしょうか。つまり私は、自然だけでなく、その地域に暮らす様々な人々の価値観を認め、配慮していくとだと考えています。

だとすると、数年前に躍り出るように中神は「西表島エコツーリズム協会」を設立しましたが、その協会は、そのことに気がつき、配慮のある人生観を持って島の中にお客さんを呼んでいるのでしょうか。

また、エコツアー自体今までには無い形態の旅行であると言われていますが、何が違うのでしょうか?島の中ではよくそれがわからないのです。「自然を解説すれば」、「あるいは少人数であれば」と言いますが、本当にそれがエコツアーになってエコツーリズムと言う概念が伝わっているのでしょうか。

さて、この3月に環境省は西表島において地域住民を対象とした「親子モニターツアー」を行いました。このモニターツアーの趣旨は、地域住民にエコツーリズムの理解を深めてもらい、自然を知ってもらうことでした。しかし、ココで私が親としてあるいは地域住民として感じたことは、地域や親はココの自然環境のすばらしさを子供達に伝えるため日々努力し、互いの協力で子供達を育てているのに、今なんで環境省が出てきて、・・・。おそらく、地域の人々は私と同じ印象は少なからずともあったと思います。はじめは、私の娘達のクラスが対象になりました。

しかし、関心が無いのか時期が悪いのか、参加者が集まらないことから対象学年や学校の枠を広げ、ようやく形になる人数を集めモニターツアーが開催されました。そこで、私も娘達とツアーに参加してみました。ツアーに参加し、数年前のことを改めて思い起こしました。それは、当時然別湖のネイチャーセンターにいらした崎野氏が話していたことです。「ガイドには、極力解説はしないように指示しています」。自分が、解説される側に回ると良くわかります。自然を感じる暇も無く、それは楽しいものにはならないこともあると言うことですね。 しかし、環境省も3月の年度末になって何でこんなことを考えるのでしょうか?土木工事のようなお金の使い方に腹が立ちます。田舎という地域では、地域教育なるものは依然として残っているのです。また、学校でも自然環境に関する関心は非常に強くあります。したがって、子供達が自然の中で過す時間も多くあります。地域を見限らないでほしいのです。そんなやり方では、地域に根ざすエコツーリズムなんてありません。

そうではなく、ココの自然を守り、現在に至るまでにしてきたのは地域住民でもあります。その地域住民の感情に配慮と理解があって初めて地域に浸透が図られるものではないのでしょうか。 カヤックを漕いでは脳みそを溶かしています。泡盛も脳みそを溶かす一つですが。

最近、ツアーに出るたんびに昼寝の時間を作っています。昼寝をしては、浜に寄せる波の音を聞いたり、風の音を聞いたりしています。心地よい時間が、人間の再生になっていると感じています。

エコツーとは、自然解説していれば、エコツアーなのでしょうか?

2002年5月 中神明

石川昇司氏 (然別湖ネイチャーセンター)

アイスブロックを積み上げてイグルーを作成

思えばある雑誌の「こんな仕事がしてみたい」という記事だった。

キレイな湖をバックに、桟橋の上で七輪で魚を焼き朝食をとる写真と「来るものは拒まず、去るものは追わず」という文章だった。(これに騙されて来てしまった) ここに来て11年がたとうとしているが、改めて考えると10年間の間にここ然別湖でもいろいろな変化があることに気づいた。

いままで冬の修学旅行の体験学習といえば北海道すなわちスキー学習がほとんどだった。

イグルー完成!

「体験学習」から「環境学習」とセールスする側の変化や、実際に利用する学校側での考え方にも変化が出てきたのだろう。今までは修学旅行=大人数というと、どうしても悪い意味で「こなす」になってしまいがちだったが、「実のある体験」が求められるようになった。また行う側としても面白くなって、「やりがい」のもてる仕事になってきたのかもしれない。

ここ然別湖には「イグルー作り」という体験メニューがある。イグルーとはイヌイットの人々の家で、氷や雪のブロックを積み上げた家のことである。今年は10基の様々な型のイグルーが生徒達によって出来上がった。

湖の上には冬だけ現れる村がある。然別湖コタン(アイヌの方々の言葉でコタン=村)

然別湖では10月10日頃に初雪が降り、12月には積もりはじめるが、全ての雪が無くなるのは5月末・・・と半年間は冬である。最低気温は-30℃よりも下がる日も有り、運が良ければ?バナナで釘だって打てる。沸騰したお湯を空中に投げると消えて無くなる (全て気化する) ような所だ。この厳しい中での体験なので生徒達も大変である。ただ、新しい発見もその分たくさんある。

今回は人数や時間の関係で、1班10名~14名位の男女混合で作ってもらった。材料となるアイスブロックは前もって準備しておき、1班に1名ずつの指導者を付けて行った。

全てが真っ白い、雪と氷だけでできた村で露天風呂

始めは「寒い」、「重い」と騒いでいた生徒達も、全ての物が凍りつき、何でも思いのままの型にできる世界にいつの間にか一致団結していった。どんどん出来上がってくるにつれ汗だくになりながら、スタッフはもちろん、先生方も感動していた。

1日がかりの体験は、彼らにはあっと言う間の出来事だったらしく、時間をすぎてもなかなか帰りませんでした。

この何年かで自分の立場も変化し、基本的な「楽しみ」そのものを忘れがちだったと気づかされる。

三好利和氏 (野外教育事業所 ワンパク大学)

バックパッキングとマインド文化
2月16日17日に第5回の青少年野外教育全国フォーラムが東京のオリンピックセンターにて開催されました。300名の募集に定員以上の応募があり、330名の人が日本全国から今年も参加しました。2日めの全体フォーラムにパネリストの一人として山と渓谷社の方が参加しました。面白い話題提供でしたのでちょっとご紹介します。

その方は昨年休刊となった月刊アウトドアの編集長である森田氏でした。雑誌アウトドアが発刊されたのは1976年です。アメリカで起こったバックパッキング文化を日本にも伝えたいという思いからでした。バックパッキングはアメリカの若者がベトナム戦争への否定から始まったヒッピー文化が発祥であり、その根底はマインド文化でした。最低限必要なものを自分で担ぎながら、自分の足で様々な土地を渡り歩きながら、自己を見つめなおし、様々なテーマについて再発見をすることでした。今の人達にはバックパッキングもヒッピーという言葉も死語かもしれませんが、私が大学に入学したのが1974年。アウトドア関係 (ローバースカウト) のサークル活動に没頭した学生時代はまさに盛りあがりをみせていた時代の真っ只中でした。アウトドアが次第に、物質的な「もの」に意識が変遷していき、80年代に始まった車を使ったキャンプ、カーキャンプ (オートキャンプ) につながってきたのでした。そして90年代後半には一つの壁にぶつかりました。当時の通産省の諮問を受けた時の結論は産業にはならないという結論だったそうです。しかし、そこから、教育的アプローチガ始まり、文部省 (当時 現文部科学省) とのかかわりが生まれ、「青少年の野外教育の充実に関する」報告が発表されたのが1996年であり、野外教育の元年といわれる時代になったのでした。

産業となりうるに大切なことは「人のこころ」だ マインド文化からはじまったものが、もの文化を経て、今、またマインドに焦点を合わせようとしているのです。産業の旗振り役だった通産省 (当時) があきらめたことを、教育の旗振り役の文部科学省の力で、今、産業としてなろうとしている。(まだ、なるかどうかはわかりませんが)

日本のキャンプ文化を拡大した学校主催の教育キャンプに批判が生まれつつあり、それに変わって民間レベルで気づきあげてきた手法が取り上げられる時代の今、とにかく、大きな曲がり角であることにはちがいないでしょう。

森田氏も強く主張されたのは、産業となりうるに大切なことは「人のこころ」だということでした。21世紀を迎え、可能性は高いものがあるのは確かでしょう。CONEの岡島さんが「自然学校をつくろう」という本を書かれました。ものすごい展望が書かれていましたが今、民間団体として活動している我々がしっかりとした活動を実施し、指導者を養成することが不可欠なことではないしょうか。自分の足元をしっかり見つめながらも1歩づつ前進しなければならないと認識を新たにしました。

なんとか皆さんの力で産業にしましょう。

 

□三好 利和 (みよし としかず) 氏プロフィール 
1956年6月:四国・松山市で生まれる
1978年:立教大学経済学部卒業
在学中は立教ロ-バースに所属。アウトドア活動に専念
インドネシア スマトラ島へ海外遠征も行う
卒業後は伊豆七島三宅島の観光牧場「人間牧場」に就職
観光業と「ワンパク大学」の企画運営を担当
1988年:施設の閉鎖に伴い、独立し、(株)ハロートラベルを設立
野外事業部として「ワンパク大学」の事業を継続
1999年:事業所名を野外教育事業所ワンパク大学とする

日本アウトドアネットワーク (JON) 運営委員
日本環境教育フォーラム 個人会員
日本野外教育学会 個人会員
エコーツーリズム推進協議会 個人会員
東京都キャンプ協会 理事

□団体について
団体名:野外教育事業所 ワンパク大学

「新しい発見・大きな感動」をキーワードに、年間を通じ、四季にふさわしい体験から「生きていく力」を身につけ、感性豊ないきいきとした「ひと」を育成するための野外教育の実践を目的として、新宿区に事務局を置いて活動しています。

年間を通じた主催事業は幼児から高校生までを対象としています。その他に受託事業として新宿区や専門学校、旅行会社の事業を実施しています。2002年度は海の関する活動の指導者養成にも力をいれていきます。

 

次回は然別湖ネイチャーセンター 石川昇司氏です。お楽しみに!

橋口和美氏 (ヤックス自然学校)

4月29日「参加者と一緒に田植え」

~初企画の「米作り体験」~
昨年、ファミリーを対象にして、米作り体験を実施しました。ヤックス自然学校では、ファミリー対象のキャンプ教室やキャンプフェスティバル、親子スキーツアーがもう何年も続いていますが、こういった農業体験は初挑戦でした。キャンプでのお米購入でいつもお世話になっている農家の方の協力を得て、4月「田植え」と8月「稲刈り」そして11月「もちつき」の年3回のプログラムを無事終了することができました。

~参加者と一緒に自然体験活動~
4月の田植え時では、農家の方のアドバイスをいただきながら、我々ディレクターもキャンプリーダーも参加者と一緒になって、田植えを体験しました。田んぼの中に足を踏み入れるとひんやりとした感触。腰を曲げて1つ1つ大事に苗を手植えしていきました。自然と声を掛け合いながら、徐々に田植えの手際が良くなっていきます。それでも、約250m²の田んぼに植えるのに丸一日かかりました。最後の苗を植え付けた時は、「やったー!」「終わったー!」と達成感から湧き上がる喜びの声があがりました。参加者と一緒になっての「田植え」。私達にとっても貴重な体験となりました。

8月24日「稲刈りのコツを教わっているところ」

~今度はキャンプリーダーと~
8月の稲刈り時は参加者が少なく、私達スタッフが先頭にたって稲刈りをしていかなければ到底1日では終わらない様子でした。農家の方に稲刈りのコツを教われば、少しでも作業がスムーズにいくだろうと、前日にキャンプリーダーとともに稲穂の実る田んぼへ出動しました。 普段の活動ではサポート役の私達が、この日ばかりは自分自身がメインとなって活動しました。カンカンに照りつける太陽の下、誰もが稲刈り作業に夢中になっていました。体力的にはとてもきつい作業だったのですが、稲刈り後、みんな爽快感あふれる笑顔だったことを思い出されます。私もキャンプリーダーも久々に大汗をかくほど体を動かしたことに、心地よく感じたのだと思います。

11月23日「もちつきをして収穫を祝いました」

~自然体験が必要なのは?~
来年度の学校週5日制にともない、子どもへの自然体験活動の必要性が大きく取り上げられていますが、今回のファミリー対象の米作り体験を実施して、何よりも我々指導者も自然体験活動が必要だと強く感じました。普段、私は外での活動日以外は、企画やパンフレット作り等パソコンを使った事務仕事がほとんどです。キャンプリーダーは大学の勉強やバイトの日々でしょう。指導者自身、自然の中での体験やリフレッシュが不足しているのではないでしょうか?

これからも、より良い自然体験活動の提供が出来るよう、もっともっとリーダーを引き連れて「自然に」自然の中で遊んでいきたいと思います。他団体の指導者の皆さんは、休日どのように過ごされているのでしょうか?

 

□橋口 和美 (はしぐち かずみ) 氏プロフィール
1972年11月:千葉県君津市生まれ
1996年3月:千葉大学教育学部小学校教員養成課程卒業
大学時代 ヤックス自然学校のリーダーとして活動
1996年10月:中華人民共和国 広州日本人学校 現地採用職員に就任
1998年4月:帰国と同時にヤックス自然学校へ

日本アウトドアネットワーク (JON) 準会員
日本アウトドアネットワーク (JON) 研修所 第2期卒業

□団体について
団体名 ヤックス自然学校

今年で26年目。活動ベースを長野県更級郡聖山高原、千葉県長生郡長南町笠森キャンプ場に置き、年間約2000人もの参加者を対象に四季折々の自然体験活動を実施。

主催事業は、子ども対象のサマーキャンプ、冬・春のスキーキャンプ、DayCampとファミリー対象の米作り体験、親子スキーツアー等を実施。 3つのふれあい「人と人のふれあい」「自然とのふれあい」「文化とのふれあい」を大切に活動を展開しています。

 

次回は野外教育事業所ワンパク大学 三好利和氏です。お楽しみに!

鈴木のぶ氏 (ラグズ)

【集合写真】みんなでキープ自然学校の前にて

「育児」は「育自」。子どもを育てることを通して、自分も育つ。子育てにいろいろな発見・楽しさがあるからこそ生まれた言葉なのでしょう。ある雑誌のキャッチコピーですがステキな言葉です。

昨年JONの通信「空へ」にも掲載させていただきましたが、乳幼児とそのお母さんを対象としたmama&children's campを、2000年11月の第一回から2001年9月の第三回まで細々と行ってきました。これまでは、その都度有志メンバーを募り、打ち上げ花火的にキャンプを実施してきましたが、2002年は正式に任意団体として発足し、継続的な活動を目指すこととなりました。

【朝の散歩】ご飯前の朝のすがすがしい時間にちょっとした散歩を楽しみました。

幼児虐待の問題、社会の狭間で育児に悩むお母さんへの応援、自然の素晴らしさや環境汚染への意識を生み出すきっかけづくりなど、いろいろな背景や意味を込めて始まったキャンプですが、関わったスタッフの一人ひとりが、このキャンプを通してへ「今、この時代だからこそ必要な活動だ」という認識をもてたことが、再スタートを切れる大きな要因でもあります。

 

 

 

【泥遊び】選択プログラムの泥遊び。子どももお母さんも、一緒に泥遊び。

新生、ママチルキャンプ・プロジェクトのコンセプトは3つです。

  1. 「自然はみんなのお母さん!」
  2. 「自分と向き合う」
  3. 「子育てはたくさんの手とたくさんの笑顔で!」

ママチルキャンプのコンセプトの1と2は、ママたちに自然体験プログラムを体験してもらうことを通して行われます。ねらいは、その時々ですが、育児のリフレッシュや、自分をみつめなおす時間、さらには子どもとの良い関係づくりへのヒントや、家族や環境へのつながりを生み出すことです。

例えば、自然体験プログラムの中では、ひととき「母」を忘れ、自然の中で思い切り遊んだり、子どもから離れて「私だけの時間」を過ごすこともあります。お母さん達にとっては、子どもと離れるワクワクと、一方で子どもと離れる不安を味わう体験となりますが、子どもと「離れること」によって得られるお母さん達の気づきは、なぜか、反対の「つながり」ばかりなのです。子どもとのつながり、夫とのつながり、自然とのつながり、家族のつながり・・・。それは、私達プログラム実施者にとっても、とても不思議な体験なのですが、とにかく、お母さん方の感受性に驚かされます。

【保育ルーム】テント出現! 子ども達にとってはまさに秘密基地

キャンプ中、その大事な時間を支えるのが保育スタッフです。保育スタッフは育児経験のある主婦から、独身女性、保育士をめざす学生、そしてパパ予備軍などさまざまです。

実は、ここにママチルキャンプの3つ目のコンセプトがあります。

それは「育児はお母さん」ではなく、「育児」にいろいろな人が関わりを持てる場をつくることです。しかも、自然の中で!子どもがいる人いない人に関わらず、誰もが子どもの未来を考えることができます。違いはもちろんあるでしょう。でも、そういう人同士が出会い、話し合いながら育児に関われる「場」というのは、とても意味があると思います。世代や立場を越えた育児への関わり。そのきっかけづくりがこのキャンプというわけです。

【宝箱】子どもだけのプログラム。自分の宝箱をもって、外へお散歩。

ママの子育て応援をひとつの軸にして、おじいちゃんもお父さんもキャンプへ参加したり、自然の中で遊ぶことができる場にしていけたら・・・と考えています。

まだ生まれたばかりの団体ですが、本年からどうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

 

□鈴木のぶ (すずき のぶ) 氏プロフィール
教育事務所 ラグズ主宰。「体験から経験へ」をモットーに、自然体験活動、キャンプ、エコツアーに関する企画、運営、編集に携わる。

1973年7月:兵庫県生まれ
1997年3月:武蔵大学人文学部社会学科卒業
大学時代トムソーヤクラブに所属
1997年4月:有限会社ワークショップ・ミュー入社 (企画・編集・プロデュース会社) 1999年7月:フリーとして独立。ラグズ主宰

エコツーリズム研究会 事務局
日本アウトドアネットワーク (JON) 個人会員
日本アウトドアネットワーク (JON) 研修所 第1期卒業
環境教育インストラクター養成プロジェクト 第1期終了生

□団体について
団体名:Laguz~ラグズ 体験から経験へ
代表:鈴木のぶ
事務所:沖縄県読谷村
設立:1999年7月 業務内容 環境教育個人事務所 企画、運営、編集

 

次回はヤックス自然学校 橋口 和美氏です。お楽しみに!

小山 重幸氏 (トムソーヤクラブ)

左から大岳、小岳、高田大岳の北八甲田連邦

春、木々の芽吹きの季節。八甲田山麓、奥入瀬渓流ぞいの一軒宿に滞在する。夜八時、この宿での楽しみのひとつ地酒「菊駒」とうまい肴を楽しんでいるところに飼い犬「まりこ」の激しい鳴き声。何ごとかと驚く私たち宿泊人に「あぁ、またサルでもやってきたのだろう・・」と宿の女将のすずしい声。ところが「まりこ」の威嚇する声はやまず、宿の前の笹やぶで私たちが目にしたのは、なんとまあ見事な「たぬき寝入り (失神状態に入っているタヌキ)」。

 

翌日猿倉岳を歩いて登る

たぬき寝入りという言葉を辞書で調べると“タヌキはひどく驚くとすぐ仮死状態におちいるが、この習性を「寝る」とみて、人が眠ったふりをすることをさす”とあるが、まさにその場に出会ったわけである。「まりこ」に威嚇された不運なタヌキはうつぶせにぐったりしたまま、触れても動かない。眼は開いたままだが焦点は定まらずうつろな状態。先人はよく動物の習性を観察して言葉を創ったものだ、と一同感心して宿に戻る。そして20分の後、予想どおりタヌキのすがたは消えていた。

動物の習性と言葉の結びつきに感心して同様の例をさがしてみた。「猫の目のよう」「猫なで声」「猫かぶり」。猫にかかわるものは意外と多い。どちらかといえば、良くない意味に使う言葉ばかりなのは猫の習性故か。「ねこばば (猫糞)」“猫が排泄したあと、脚で土をかけあとを隠すように悪事を隠して知らぬ顔をすること”などはちょっと気の毒に思う。ほかに、キャンプ中によく目にするのは「飛んで火に入る夏の虫」、夏の山を歩くと「ウドの大木」。残念ながらまだ見る機会に恵まれないのは「ヘビに見込まれた (にらまれた) 蛙」「目白押し」「河童の川流れ?」等々・・・。

雪解けまぢかの山の雪は固くしまり長靴で上れる

これらの言葉は、人々がいかに野生動物や植物と密接な暮らしを営んでいたかのひとつの現れだと思う。ほんの少し前の時代には、電車の中ではなく本物のタヌキ寝入りに出合う機会などは多くの人にあったに違いない。チャンスをつくって、キャンプ中に“自然現象や生物の習性に結びついた新ことわざ創り”で遊んでみようかなと思う。
※注:意味のわからなかった言葉は、辞書をひいて調べてみてくださいね。

高橋一美(電脳委員会 & L'ALA代表 & JON運営委員)

40歳以降はじめたことが4つある。乗馬、スノーボード、パソコン、ヨット。乗馬とスノーボードは仕事 (?) になりパソコンは手元にないと不安になるぐらい仕事をサポートしてくれている。ポケットには携帯電話があり、お客様をガイドしギャロップ (駆け足) をしている最中も否応無しに着メロが鳴る。スタッフ不足で電話番も兼ねるため 「はい、L'ALAです・・・・・」。後ろでお客様も笑っている。

こんなことになるとは10年前には想像できただろうか。周りにある道具を上手に生かす方法を知ること、あふれる情報を自分にあったように整理する方法、それがこれから必要になるだろう。そして頭を使うだけでなく体を動かすことの重要性も再認識しなくては・・・・・。

子供たちと乗馬キャンプをしていて思うことがある。今の子供たちはとても優しく頭がいい。しかし馬たちは優しいだけでは言うことを聞いてくれない。ただのわがままを言ってもダメ。力で何とかしようとしても馬のほうが力が強い。馬に馬鹿にされながら一生懸命格闘して、自分ひとりで何とかしようとする子、助けを求めるような眼でこっちを見つめる子、馬が勝手に動いているのも感じず自分でコントロールしていると勘違いしてる子、等など。その子がどのような環境で生活(生きて)いるのか見えるような気がする。個人個人色々な考え方があるので全てを同じにしようとは思わないが 「優しい」という言葉ひとつをとっても乗馬を通して考える事が出来る。

一番前が高橋氏

「本当の優しさとは・・・・?」

ただ単に優しく馬と接していくと馬が勘違いをして、付け上がる。道端の草を食べ動かなくなったり、右に行けという合図を送ってもまっすぐ進んだり、逆に左に行ってしまったり。これは馬の問題ではなく同じ馬でも乗る人によって全然違う馬になる。しっかりした子供 (一般的な言葉で) が乗ると完璧に言う事を聞いている。その子は優しさの裏にしっかりした (はっきりした) 考え方、強さを持っているようだ。

それに集中力があり、乗馬している間中持続している。小学1年の子供が出来て高学年、中学生が出来ないというようなこともある。当然同じ馬で・・・・。中学生と小学1年では能力が違う。でも何が・・・? 見ていると本気度が違うような気がする。現在自分が持っている能力全てを使って馬とコミニュケーションをとるのか、こうなったら良いな・・程度でものを考えているのかによって相手に (馬) 伝わるものが違ってきてるようだ。これは大人でも同じ事が言える。大学生や大人になるともっとはっきりと外に表れてくる。見栄、恐怖心、力ずく、など子供とは少し違うものと戦わなくてはならない。現在の自分をあるがままに受け入れ、そこから自分と格闘しながら馬とコミニュケーションをとる。戦うのは常に自分と。また、その戦っている姿がその人の生き様を表現しているような気もする。研修にはもってこいだと思う。乗馬を好きになり続けるのは男性より女性が多い。女性は目の前のものに熱中し楽しむことが出来る。男性は将来や家族のことなど守りに入る事が多くそこから来る恐怖心と常に戦わなくてはならづ、楽しむまでには時間がかかる。(これは僕の独断と偏見に満ちた判断です。(笑・・・・))

乗馬をはじめ全ての野外体験活動は優しさ、強さ、思いやりなどを育んでくれる。 宗教、人種、貧富などを乗り越えることが出来たら本物なんだが・・・・。

 

次回はトムソーヤクラブ 小山重幸氏です。お楽しみに!