《ヒナスミレ スミレ科》

春の早い季節に里山を歩くとよく見つかる。里にスミレなどが咲き始めるころ、ヒナスミレのみられる処を教えて下さい。と言われることがある。関東近辺ならどこの里山にもあるので、色々な場所を教えてあげるのだが、結果はあまり芳しくないらしい。里にスミレが咲く頃はもうヒナスミレの盛りは過ぎてしまっているようだ。この花をスミレのプリンセス、という人がいる。なるほど、とおもう。春の来るのを待ってわざわざ山を歩いて行かなければお目に掛かれないのだから、プリンセスかもしれない。けれどぼくにとってはすごく馴染みのある花で群生している処など色々とお目に掛かれる場所を知っている。まだ多少寒いうちから山を歩いている者の特権かも知れない。  ところで、ぼくはこの花をみるとある強烈な思い出がよみがえる。花にはまったく関係のないことなのでここで書いてしまっていいものかどうか迷うのだが、プリンセスと言う名に免じて許してもらおう。

それはヒナスミレの咲く頃、ある山行でお客さんが崖から転げ落ちると言うことがあったからである。比較的急な道を下ってきてもう一息と言うところで崖の上に出「この急坂を下りきるとヒナスミレが咲いています。ヒナスミレは日当たりの良い平らな処が好きなんです」と言った瞬間に一人の女性が足をすべらせて崖下へ落ちていったのだ。下は平坦になっているが樹木の疎らに立っているのでそれに激突したらひとたまりもない。なのでぼくもとっさの判断で飛び降りしばらく滑って抱き留めた。もう一つ下の段の縁だった。止まらなければあと数十メートルは滑落しただろう。かすり傷くらいでは済まなかったかも知れない。ところが本人は何事もなかったような顔をしている。

まあ、無事だったのだ。そのすぐ後ぼくは自身は頭の中を切っていることに気付くのだが平静を装ってヒナスミレの解説を淡々とこなした。なんていう思い出と重なるのだ。

あまりいい思い出ではありませんので積極的に書きたくはなかったのです。ですが、その時のお客さんはぼくにとってのプリンセスにはならなかったことは書いておきましょう。

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《ネジバナ ラン科》

梅雨の頃になると、芝生やビルの植え込みなどによく見られます。皆さんもよく知っていることでしょう。別名を「モジズリ」といいます。「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆえに 乱れそめにし 我ならなくに」と源融が詠んだことでも有名です。花が信夫捑摺という染め物の模様に似ていたところから付けられたのだそうです。

これもネジバナに纏わる有名な話しですが、名前は花が茎を捻れるように取り巻いていることからの命名です。しかし、巻き方には右まきと左まきがあります。また、捻れずに真っ直ぐ這い登るものや、巻き方を途中で変更してしまうものなど多種多様です。実は写真のネジバナは下の方では右まきだったものが途中で左まきに変化し、頂点付近では真っ直ぐになるという非常に変化に富んだ固体でした。

このところ続けているベランダに咲く花のシリーズですが、とうとうこの様な花も登場するようになりました。といいますのはラン科の花は菌の助けを得ないと咲くことが出来ないのですが、家庭の生ゴミで作ったプランターの土がゴミではなく普通の土になってきたと言うことです。まあもっとも菌は担子菌といって黴みたいなものですから大喜びするほどのものでもありません。 誰が持ってきたかは不明です。今年は二本咲きましたが、自家受粉しますので来年どの位増えるのかが楽しみです。

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《Silene colorata(ピンク ピルエット) ナデシコ科》

マルタ共和国で撮した花、その2です。この花も誠に残念ですが園芸品店で売られているようです。ぼくはほとんど花屋さんと言うところには行きませんので、日本で見たことはないのですが、調べてみますと園芸をする人たちには馴染みの花のようです。ピンク ピルエットという名で売られているようです。

外来種は色々な形で日本に入ってきます。この花のように園芸品として持ち込まれるものは余り逸出して野原にはびこることは無いようですが、ナデシコ科ですので種は沢山で出来ますから何時野原へ逸出してしまうか分かりません。注意したいものですが、わざわざ種をあちこちにばらまく人がいるんですね。困ったものです。

日本でも見られると花をここに取り上げたのは、外来種のこと、園芸品のことを言いたくてではありません。実はこの花、マルタの二番目に大きな島でゴゾ島で撮ったのですが、花のことと共に、ゴゾ島のことが書きたかったのです。つまり旅の話しがしたかったのです。それはこのゴゾ島がル・グウィンの名作「ゲド戦記」の舞台だと言うことです。ゲドやテナーが吹かれたであろうアースシーの風、そんなことを思いながら歩いたゴゾの町に咲いていた花です。きっとゲドやテナーも見たことでしょう。あちこちに魔法使いが潜んでいそうな不思議な雰囲気のする小さな島でした。マルタ語を話すお年寄り達の声はまるで歌うようでした。

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《Lobularia meritaima(ロブラリア) アブラナ科》

マルタ島(共和国)へ行ってきました。一年に一回ほぼ恒例になった観光旅行です。マルタへ行く目的は別にあったのですが、そこは花おたく。どこへ行っても花を見るのは忘れません。しかし、残念なことにいくら地中海の島とはいえ季節は冬。嬉しくなるほどに咲いているわけではありません。だからよけいに咲いている花が愛おしくて何時までも眺めていたり、しつこく写真を撮ったりしました。

写真の花は、日本ではニワナズナと呼ばれたり、スイートアリッサムと英国名で呼ばれたりして時に園芸店などに置いてあります。ということはわざわざマルタに行かなくても日本で見られると言うことなのですが、ぼくがこの欄に登場させたのにはもう少し別な意味があります。

園芸店に置かれたりした花は、いつの間にか園芸店や植えられた場所から種がこぼれてしまい、それが日本の風土などに合っていますと外来種としてあちこちにはびこることになります。このニワナズナも例外ではありませんで日本のあちこちから繁殖の報告が上がっています。ということは、マルタで撮ってきた。といってここで紹介する意味を益々失ってしまいそうですが、そろそろ種明かしをしましょう。読めもしないラテン語の学名を標題にあげたところに意味があります。ロブラリアというのは属の名前ですが、その後のmaritaimaに意味があります。学名は多くの場合ここに産地や発見者の名前が入ったりします。たとえばその花が日本で発見されたとなるとjaponicaなどと綴られます。さあこの「maritama」正式にはどうやって発音するのかは分かりませんが、ローマ字を読むようにして発音しますとマルタと読めませんか。そうなんです、この花まさにマルタがその産地、あるいは発見地だということが分かります。

こういう事は花に感心のない人にはバカバカしい戯言に聞こえるかも知れませんが、、、。ぼくにとっては嬉しい花をマルタで撮して来た。となるのです。

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《皇帝ダリア キク科》

木立ダリアとも呼ばれます。もしかするとコダチダリアが標準和名で、皇帝ダリアが別名かも知れません。学名も分かってますが敢えて書きません。植物の基本的なことですが、せっかくですので少し書きます。植物には必ず学名があって、これは世界共通です。ぼくたちは普段この学名を使って花の名前を覚えることはありませんが、ヨーロッパなどへ行くと学名をそのまま使って一般に呼ばれていることも希ではありません。学名と二つをいっぺんに覚える必要が無いというのはいいですね。ただし、皇帝ダリアのように人が持ち込んだと分かっている植物は標準和名と別名の両方のつくことがけっこうあって、どとらがどちらなのか区別がはっきりしませんが、二つを覚えておかないとあとで混乱する原因にもなり、あまり気持ちのいいことではありません。

ですから、在来の花で、普段ぼくたちが呼んでいる名前は標準和名と言います。ところが時々、「この花の学名は何ですか」なんて質問をしてくる人がいて面食らうのですが、どうやらこの標準和名のことらしいのです。正式な名前と言いたいようですが、標準和名と言う言い方を知らずにこんな聞き方になるのですね。

新種が発見されると先ず学名を付けるのですが、これがややこしい。世界的な基準にセントルイス規約というのがあって、ぼくのような素人が気楽に入って行ける世界ではありません。その基準に従って日本人で最初に植物に学名を付けたのが、かの有名な牧野富太郎博士です。

さて、皇帝ダリアですが、このところ急に各地で見られるようになりました。4~5mにもなる立派な木になります。その頂上に30cmほどの大輪の花が咲きます。一言で言ってそれはそれは見事です。だから「皇帝」なのでしょうが、この頃もてはやされるのは単に高さ大きさだけではなく。今の季節に咲くからなのだと思います。山にも里にもあまり花が無くなった季節に、こんな立派に咲き出すのですから当然目立ちます。メキシコ産らしいのですが、ぼくとしてはこの日本の風景に似合うと思えないんです。メキシコをよく知りませんが、あのサボテンが荒れ地にぼこぼこと出ているような風景に似合うように思うのです。でも、これからもっともっと増えて行くと思われます。この日本もやがてあのメキシコのように砂漠化するのでしょうか。

聞くところによると栽培も比較的容易で、花の終わった後の茎をもらってきて、その辺に差しておけばいいとのことです。大きくなるので支えの支柱が必要に成るだけとか。でもかなりの高さなので年寄りは危険だよ。と教えてくれる人がいました。

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《トチノキ ムクロジ科トチノキ属》

トチノキの写真を撮りたいと、ずーっと思っていましたがなかなか撮れませんでした。何故なら高いところに咲くからです。遠くからでもよさそうなものですが、至近距離からの写真がどうしてもほしかったのです。

今年の春にやっと実現しました。トチノキなんて珍しくもないのに、いつも山へ入っている男がどうしてそんなに時間が掛かったの?と問われそうです。それは、花を愛でて山へ行きますが、いわゆる植物観察会という感じで山へ行くことは希だからです。むしろ山へ登ることがメインで、そこに付加価値を付ける意味で植物の解説などをしています。ですから、山道を歩く途中で、わざわざトチノキの写真を撮るために木によじ登るわけにも行きません。

ではこの写真どうやって撮ったのと言うことですが、答えは簡単、山奥の道路をクルマで走っているときに崖の下から生えているトチノキが道路の脇に伸びてきて、そこに花を咲かせていたからです。そんなこと山道を走っていれば日常茶飯ではないか。とまたまた言われそうです。確かにそうですが都会に住んでいるとこれもなかなかままならないんです。団体のバスで通り掛かって見つけても、止まれとは言えないし、自分で運転していても交通量が多ければダメだし、山行の時だって往きに見かけても時間の制約があるし、帰りはもう暗いし。ね!なかなかいいタイミングがないでしょ。しかもこの写真、風があったので少しピンぼけです。

ところで、何故至近距離の写真が欲しかったか、ということですが、見て下さい。遠くから眺めていると白くしか見えないトチノキですがなかなかカラフルです。一つの房に100ぼどの花を付けていますが、ここには色んな花が咲いているのです。すなわち雄しべしかない雄花、雌しべしかない雌花、雄しべも雌しべも付いている両性花。普通はこの三種類が咲いているのです。しかも、ピンクになっている花と黄色の花とがあるのが分かりますか。黄色い花は開花して三日以内、ピンクはそれ以降で、実は蜜を出していない花。ややこしい仕組みですが簡単に書きますと、花粉を運んでくれるマルハナバチにはサインを出し、黄色い花に来させ、仕事をしてもらい、その代償に蜜を吸わせます。ところが花の形の故に、蜜だけすって花粉を運ばない蜂や蝶もくるので、そちらの連中にはピンクの花でおびき寄せて、実は蜜は無いよ。といって追い払います。その間マルハナバチだけが蜜を貰って花粉もたくさんからだに付けて行きます。

こんな仕組みを持っているトチノキですので、それを確かめるためにも大きく至近距離から写真を撮ってみたかったのです。だけど、この写真は一寸残念。すでにピンクの多い房になっています。実になりかけている花もあります。もっと黄色の花が多くマルハナバチが訪れている花を見たかったのですが。

次回トチノキの写真を撮れるタイミングは何時来るのかなあ。と気をながくしてチャンスを待ちます。そうそうこのトチノキ、木になる実では大きさが日本一なんです。

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《イヌホオズキ ナス科》

どこにでもある植物ですが、似たような仲間がたくさんあり同定の難しい植物として知られています。ぼくもよく分からなくて、またその特徴が覚えられなくて長年悩んできました。アメリカイヌホウズキ、オオイヌホオズキ、テリミノイヌホオズキ。などなど図鑑を見ても見当が付きません。たとえば、黒く熟す実が付くのですが、実には光沢があるとか、やや光沢があるとか書いてあるのです。この「やや」というのが分からないのです。ということは実ではない別のところで特徴を見つけなければ同定は出来ないことになります。しかし、大方の図鑑はこれ以上の特徴は書いてありません。花を見つけても実を付けるまで待っていなければならないなんて、こんな不便なことはありません。

そんな折り、イヌホオズキのことを詳しく解説して下さるという勉強会がありました。もちろん押っ取り刀で駆けつけました。一言も聞き逃すまいと真剣に聞きました。季節も丁度よい9月です。イヌホオズキが花を咲かせたり実を付けたりしている季節です。話しをきけた後はすぐにでも実物に当たってみれば少々覚えの悪くなったぼくの頭でもなんとか記憶に残るだろうと期待しました。

ところがです。勉強会の終わった後いくら捜してもイヌホオズキは見つからないのです。家が取り壊されたような空き地や、資材置き場のようなところに幾らでもあるはずですが、見つかりません。仕方がないので近くの河原にも出かけてみましたが、ここにも無いのです。だんだん勉強したことが薄れていってしまいます。何故無いのだろう。絶滅?まさか!。そうです。今年の夏は本当に絶滅していたのです。この猛暑。これで本当にイヌホウズキのような花はみな枯れていました。やっとみつけても同定できるような状態になく、かろうじて枯れかかった葉が付いている程度です。

ああ、今年はダメか、せっかく教えて貰ったのに、と半ば諦めていたのですが、秋になりましたら(10月20日過ぎですが)ぼくのマンションのベランダに咲き出したのです。それがこの写真です。もちろん植えた覚えはありません。どこからか種が入り込んだのでしょう。不思議なことです。花びらの切れ込み方と葉の特徴でイヌホウズキと同定しました。

前回に続いてベランダの植物になりました。

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《コクラン ラン科》

実はこのラン、野生ではない。といっても栽培しているとも言い難い。本当は野生種なのだが、なぜかぼくのマンションのベランダで咲き出した。

数年前の冬ある日、友人にベランダの植木鉢の土が欲しい、と話した。マンション住まいをしていると、土も買わねばならない。だから畑をやっているその友人に無心してみたのだ。そうしたらぼくの趣味を知っている友人は、畑の土ではなくわざわざ近隣の林の中からバケツに一杯の土を取ってきてくれた。「色んな植物の種や根っこが入っているかも知れないよ」と言う。ぼくとしては身近な畑の土を頂こうと思っていたのだが、農業をしている人は畑の土を誰かにあげるなどという行為はしないのだともいわれた。何だか申し訳ないことを頼んでしまったと後悔している。

そして2年ほどした頃、なんとその土からコクランの葉が顔を出したのだ。しかし花は付けず、嬉しいのと野の花をこんな風に独り占めすることの後ろめたさがない交ぜになっていた。ところが今年とうとう花を付けたのだ。よし、この事を正直に公開しよう。と思った。そうすれば少しでも後ろめたさからは解放される。

花は小さい、写真は三つ咲いているが一つの花だけでは、1cmほどだ。夏の最盛期に常緑の広葉樹林帯に咲くので、咲いている姿をほとんど見ることはない。まずもってそんな暑いときに広葉樹林帯を歩くなんていう人はいないだろう。しかも花は小さい。ぼくも林の中では見たことがない。歩くのに快適な冬の季節にはいつも葉っぱばかりだ。だから正直なところこの花を見られたことは非常に嬉しい。友人に感謝しなくてはならない。

図鑑によると茨城県から屋久島、台湾。おそらくは南アジアに分布する。と書かれている。

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《サンカヨウ メギ科》

夏に向かう頃の山道で出会う花です。6月の末ころ、高山でつい最近まで雪があったのではないかと思われるところで見かけます。そして花期の短い花です。ここ何年かは丁度よい季節に出会ったことがありませんでした。ポジフィルムでは何枚も撮ってあるのですが、デジタルの写真がありませんでした。今年久しぶりに出会って撮ることが出来ました。だからやっと登場と言ったところでしょうか。ぼくの好きな花の一つなので早い内に登場させたかったのですが、なかなか叶いませんでした。

お客さんから「好きな花は何ですか」と訪ねられることはいつものことですが、答えるのには少々苦労しています。と言いますのは「好きだ」と言って告げた花が質問した方に分からないことがしばしばあるのです。この仕事を始めた頃は余り気にもしていなかったのですが、長年やっていますとその方の反応で、ご存じではないな。というのが分かってきます。殆どのお客さんがぼくより年長の方ですから知らない花を並べることは失礼だ。と思うようになりました。しかし、だからといって適当な花を並べて偽ることでお茶を濁すのはもっと失礼です。そんなとき助けてくれるのがこのサンカヨウです。ぼくはあまり大きな花が好みではなく(いや花ならばどんな花でも好きなのですが)、どちらかというと小さな花が好きなのです。目立たない地味な花です。結果的に余り知られていない花。と言うことになります。ところがこのサンカヨウは好きな花の中では例外的に大きな花です。そして多くの方がご存じで「ああ、大きいけれど清楚な花ですね」と言葉を返して下さるのでホッとします。

この頃は少しずるくなって、花の詳しそうな方にはマニアックな小さな花を、どちらかというと初心者かなと思われる方にはこのサンカヨウを先に告げてから小さな花の名を言うようにしています。

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《オニノヤガラ ラン科》

漢字表記では鬼之矢柄と書きます。太く真っ直ぐな茎に対して鬼が使うような弓矢の軸、とでも表現した物と思われます。

写真は部分を撮ったものですから全体像が見えませんが、高さが1mにもなります。昨年、南アルプスの悪沢岳に登ったときに見かけました。実は数年前にももっと身近なところで見つけていたのですが写真に撮ることに失敗しました。一年待って同じ処に行きますと、そこには立派な別荘が建っていました。何とも言えない喪失感を覚えてしまいました。それでも気を取り直して近くにきっとあるはずだとしばらく探し回ったのですがとうとう見つからずじまいでした。

思いも掛けない再会に大喜びでシャッターを押しました。何回も何回も押しました。今度は失敗をしたくないという思いでした。そんな時はお客さんのいることも忘れがちです。少々呆れられてしまいますがそれほど花が好きなんだと言うことが分かって貰えればいいかな。なんて思っています。

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《ミヤマスミレ スミレ科》

前回はヒナスミレでしたが、今回はミヤマスミレ。そっくりではないか。と言われてしまいそうです。その通りでまったくよく似ています。これともう一つフジスミレというのがありこれも又よく似ています。実は写真の花を見つけたときはフジスミレだと思ったのです。「フジスミレは群馬県と栃木県の接する日光から足尾山地に産する」と図鑑の解説にあります。これを見つけたのは山梨県と長野県の境あたりでしたので、すわ隔離分布か。と思ったのでした。もしそうなら大発見だぞ。とも思ってみたのです。なぜならこの写真の物は下を向いた花弁の模様の様子が見慣れているミヤマスミレとはすこし違いました。普段見慣れているのはもう少しツートンカラーでして、中の方がもっと白っぽいのです。いや、ぼくが初めてみて覚えた物がそうであったのかも知れませんが、紫の色ももう少し濃かったようにも思ったのです。

でも図鑑で調べますと間違いなくミヤマスミレなのです。ちょっとガッカリしましたが素人にそんなに簡単に大発見など出来るはずもありません。 でも、スミレの仲間は奥が深いなと益々愛おしくなります。フジスミレを見つけに日光あたりへ行ってみたいと思っているところです。

前回のヒナスミレとの違いは明かです。花の中を覗いてみて下さい。ヒナスミレは毛がはえていましたが、こちらは毛がありません。それにすこし花弁もヒナスミレの方が広く大きいようです。

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《ヨゴレネコノメソウ ユキノシタ科》

ポピュラーな花を。と心がけていますが春の早い内はどうしても馴染みのない花になってしまいがちです。けれども花好きにとってはとてもポピュラーな花で、春になるのを待ちこがれて見にゆく人も多いのです。今年もネコノメソウの咲く季節となりました。

でも、花好きの人の中でも、「ネコノメソウはどうも」と言って敬遠する人が多いのも事実です。何故かというと、同定がややこしくてなかなか覚えきれないからなのです。ざっと数えてみてもネコノメソウと名の付く花が30種近くあるのです。だから、ぼくもそんなに得意にほいほいと同定は出来ないのですが、何故かこの花の形が好きでしかたがありません。

何故って、この花、なんとなく自由奔放に咲いていると思いませんか。もちろん定まった形なのですが、花の形としてはあまり整っていないように思えるのです。人はその事を美しくない。と言いますが、そんなことはありません。整っていないから美しくないなんて。美に対する偏見です。こんな事で熱くなる必要もないのですが、よくいるんです。美しくない花なら踏んづけて歩いても平気、と言う人が。すこし湿っぽい山道の道ばたに咲くものですから、靴が汚れていやだと言う人が踏んづけるんです。靴は洗えば元通りになりますが、踏まれた花は元通りにはなりません。どうか、足早にやってくる春の使者であるネコノメソウの仲間たちをかわいがってやって下さい。

ヨゴレネコノメソウにそっくりなイワボタンというのがあります。山道で聞いていると時々間違って同定している人を見かけます。イワボタンとヨゴレネコノメソウの決定的な違いは、葯の色にあります。この様に濃い紫というかしっかりと色づいているのがヨゴレネコノメソウです。「ヨゴレ」なんてひどい名前が付いていますが、けして汚れているわけではありません。この様に美しく咲いております。

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《セツブンソウ キンポウゲ科》

春一番の花です。畑や空き地の脇にはオオイヌノフグリだとかヒメオドリコソウなどが咲く季節になりました。もちろん梅やロウバイなどはとっくに咲いていますが、いわゆる山野草として親しまれている花では、この花が一番早いのではないでしょうか。福寿草なども春の早い花ですが同じ時期に訪れるとセツブンソウよりはいくらか遅い咲き方です。

名前の由来は節分の頃に咲くからなのですが、関東ではちょっと節分には間に合わないようです。この写真も2月の末ころに撮ったものです。石灰岩質の好きな花らしくこの花の咲く周りの環境はもの凄いことになっている場合が多いのです。すなわち秩父あたりにはかつて群生地がもっともっとたくさんあったとのことです。秩父といえば今は石灰岩の山が半分無くなってしまうほどの環境ですからその生育環境はどんどん狭められています。しかし、昨今のように花を見にゆくだけの観光も繁盛している事から考えると、こういった有名な花や見栄えのする花は大切に守って貰えるのではないでしょうか。カタクリなんかもそうですね。栃木県の三橇山という山の麓に3月末ころに行きますとまるでラッシュアワーの駅頭です。といっても温暖化や病害虫で絶滅、何て事もあるでしょうから、そうは簡単にはいきませんし、油断はなりません。

さてこのセツブンソウ、花びらに見えているところは萼片です。キンポウゲ科はほぼ同じ様です。本当の花びらは退化してしまっていて、写真に見える黄色い部分です。しかも退化だけではなくここから蜜を出しているらしいのです。なんでこんなややこしいことをするんでしょうね。子孫を残すための戦略なんでしょうが本人に聞いてみたいものです。いやいやどこかで研究をされてはいるんでしょうが、ぼくが知らないだけです。

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《フタリシズカ センリョウ科》

ある人に「HPの花の原稿読んでますが、オタクっぽい花を選んでるんですか」と言われた。まったく意識していないことだったので驚いている。オタクっぽい花。という基準がどの辺にあるのかが見当がつかない。でも、これは貴重な意見だ。と思った。なぜならあんまり見たこともない、知らない花ばかりが続いたらせっかく読んで貰っているのに興味が薄れていってしまうのではないか。「どうせ知らない花なのだし、どこで見られるのかも分からない花なんだから」といってそっぽを向かれてしまうかも知れない。

ということで、今回はよく知られている花「フタリシズカ」(あくまでもぼくの基準です)にしました。何て言って写真を載せてはみたものの、原稿にするような話題がない。困った。普段はそれだけ意識もせずに「フタリシズカが咲いてますね」くらい言って通り過ぎてしまっている。誰もが知っている花を解説すると、雌しべの数がどうだとか葯の付き方がどうだとか、それこそオタクっぽくなってしまうのは否めない。

それで今回は、この花を見つけたときに、歩きながら後ろにいる参加者の方と解説をするわけでもなく、世間話のようなばかばかしい話題に終始するのでそれを聞いていただこうと思う。まあいってみればぼくの独り言みたいなもんです。

「同じ科、属にヒトリシズカが、ありますよね。ヒトリシズカって聞くと何を連想します?。そうですよね。吾妻鑑、義経の恋人しずかちゃんですよね。言い名前ですね。ああ、静御前ですよね。現代のしずかちゃんはのび太の恋人ですが。どらえもんに出てくるしずかちゃんはあの「御前様」から借りて来てるんですってね。彼女の苗字「源さん」て言うんですよ。でも、「ごぜんさま」なんていうと、とらさんみたいですね。それであちらの花は花穂が一本ですからヒトリシズカで、この花は花穂2本だから「二人静」なんでしょうね。だけど、この様に6本もあるものまであるんですね。ところでせっかく女性をイメージした名前の花なんですが、まあ、ヒトリシズカは何とか許せるとしても二人、この花のように6人なんてなると静御前をイメージしていいんでしょうかね。ぼくは「カシマシソウ」なんて呼んでますがね。

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《コマガタケスグリ ユキノシタ科》

葉は円腎形で5中裂。葉腋から下向きに総状花序を出す。花の色は黄緑色で多数つける。図鑑からとって張り付けたような説明を書いたのには訳がある。

ある時、お客さんの一人から「あの時の花を一度見たいのですが、花の名前を教えて下さい」と言われた。このての質問は一番手強い。だが、こういう時は、ぼくの方から矢継ぎ早に質問をする。「いつ頃ですか」「ぼくと一緒に見ましたか」「何か特別な解説をしましたか」「どこの山ですか」「季節は」。こんな質問全てに答えてくれて、しかも解説をした一部でも覚えていてくれるとほぼ完璧に分かる。季節と山さえ分かってしかもぼくがわざわざ説明した。と言うのだったら、ぼく自身それほど豊富な知識があるわけではないので、小さな引き出しの中身くらいすぐに見つかる。

ところがその人はいきなり「葉は円腎形で5中裂でした。葉腋から下向きに総状花序を出していました」というのである。こんな質問のし方をする人が本当に花の名前が分からないのか。試されているのか。とまで疑ってしまった。だが、よく聞いてみると本当に分からないらしい。なんでも、奥さんが撮ってきた写真の整理を手伝っていたのだという。一つ一つの写真に場所の名前を書き込んだり、花の名前を記入したりしていたら、どうしても手持ちの図鑑に載っていなかったのだという。だから特徴はメモしてきたのだが写真を持ってくるのは忘れてしまったという。それにしても質問の言葉が尋常ではない。これだけの知識があるのに本当に同定できないのだろうか。

それでも○○山で、季節は春。と言うところまで答えてくれたのでぼくの引き出しをフル回転(変な表現ですが)させた。幸いその方の奥さんはぼくのツアーの常連のなので、この場でもし分からなくても次回には写真を持ってきてくれるだろう。と多少は気が楽だった。でも、やっぱり沽券に関わる。この日のツアーは休憩毎に「葉は円腎形で~~。」と繰り返す羽目になった。

で、ツアーも終了間際、確信は無かったのだが「コマガタケスグリ」で図鑑を調べて下さい。と申し渡した。結果は。ああよかった。明くる日わざわざメールで間違いなかった旨連絡があった。と、ここまでは良かったのだが、その後来るは来るは同定の依頼が写真貼付で3ヶ月くらいは続いただろうか。でもそこでぱたりと止んだ。いささか辟易としていたが音沙汰が無くなるとこれまた気になるものだ。数ヶ月して奥さんがぼくのツアーに参加して「お騒がせしました。定年退職して暇だったものですからやることが無くて。でも今は図鑑を抱えてあちこち一人で出かけてます」とのこと。

うっかりメールアドレスを教えてはならない。という教訓と仲間が増えたな。という喜びが重なった。 「コマガタケスグリ」の思い出でした。名前の由来は木曽の駒ヶ岳で最初に発見されたからからだと言うことです。

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《カマツカ バラ科》

春の山へ入るとよく見かける。けれどもその頃は様々な樹木に似たような花を付けるので遠目にはなかなか区別が付かない。だから、知っているようで知らない花といえるかも知れない。しかし、この花の別名を聞けば多くの人は首を縦に振るのではないだろうか。

その名をウシコロシという。なんとも恐ろしい名前だ。ぼくはかつてこの名前から猛毒があるのではないかと思っていた。それは木なのか葉なのかはたまた実なのかと考えてそれぞれを少しずつ舐めたり囓ったりしてみたことがある。もし毒だとしてもむしゃむしゃ食べなければ平気だ。という思いがあって若い頃には色んな物を口に入れていた。ところがこのカマツカ、毒らしいところは何もない。実などは少し酸っぱいが食べて食べられないことはない。何でこんな名前が付いて居るんだろうと不思議でならなかった。

それがある時解った。漢字表記では「鎌柄」と書くのだ。ということは「丈夫だ」ということにほかならないではないか。牛を叩いて殺せるくらいに硬く丈夫な木という事なのだろう。と思い至った次第である。今でもそうだが若い頃はひどく思慮に欠けていたなと思う。少し冷静に考えればすぐにも思いついたろうと思う。

ところでぼくは「カマツカ」と聞くとまったく違うことを思い出す。それは上野瞭作「ひげよさらば」なのだ。ひところNHKで人形劇をやっていたので「ヨゴロウザ」という名前と共に記憶している人もいるかもしれない。では何故この物語を思い出すのかということなのだが、この話しに「カマツカ」が頻繁に登場する。残念ながら人形劇を観ていないのでテレビに出てきたかは定かではないが、原作の中には「ナナツカマツカ」という名で度々登場した。いや、キャラクターの名ではない。彼らの住処の近くにカマツカの木が7本植わっていたらしい。それで待ち合わせの場所などを指定するときに「ナナツカマツカの下で」などといわれて登場したのだ。

何が言いたいか。それほどに村はずれの林の縁などには多く生えているといいたいのだが、こんな風に印象的に植物の名を使ってくれると植物好きとしては大変嬉しいということだ。ということも同時に言いたいのだ。もしかすると「カマツカ」っていう木はどんな木なんだろうと思って図鑑を調べた子も居たのではないかと想像するからだ。

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《コシノカンアオイ ウマノスズクサ科》

寒葵の仲間はいったい何種あるのだろう。日本でも30種類以上あるのだそうだ。よく似ているというか余り目立たない花なのでたくさんの種類を見たことがない。そんなにもあるというのに、情けないことにぼくはこの花を5種類ほどしか見分けられないし、名前を知らない。それというのも特徴によって名前が付けられているのではなくそれぞれにその土地の名前が付いているものが多いので覚えるのが難しい。特徴で名前を付けてくれるとそれなりに覚えることが出来るのだが、「越の」「関東」「都」「磐田」「鈴鹿」「雲仙」などと付くのである。これでは覚えようがない。タマガワカンアオイという種類があって関東地方というか東京にもかつてはたくさんあったらしいのだが、いまでは殆ど見ることが出来ない。ぼくはこれを見たいと思っている。だからこれだけは特徴を頭にたたき込んであるのだがまだ見たことがない。

この仲間は、花だけではなく葉もよく似ているので、葉の特徴で覚えることもできない。まったくお手上げの花なのだ。

コシノカンアオイはその中でも特徴のある方だろうし、大きいのでよく目立つ。だからぼくも見つけられるし同定もできる。しかし大きいといっても4cm位だ。それに見たとおり美しい色をしているわけでもない。花を気にしながら歩かない限り目に付くことはないだろう。だから知らない人が案外多い。そこで初心の人がやって来て「花なんか何にも咲いてない」なんて言っているときには、この花を見つけて(寒がついているので晩秋から早春に咲きます)「ほら、こんなに美しい花が咲いています」と言うことにしている。これをすると殆どの人が感激してくれる。

ところでこのカンアオイ、花といっても花びらはない。見えているのはみんな萼である。もう少し詳しく言うと花びらみたいなところを萼裂片、下方の筒を萼筒という。

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《ナンバンハコベ ナデシコ科》

「この花のは変わった形をしていますね」といって解説を始めても「なるほど」と同意してくれる人があまりいない時がある。 野の花や山の花を見て歩きましょう。と呼びかけをしてそれに参加してくれた人たちでも、全ての人が植物についての知識を持っているわけではない。ぼくよりも詳しいのではないか。と思われる人も時々居たりするが、ぼくにとってその日集まってくれた人たちがどの位の知識を持っているか見極めることが大切になる。しかしこれは難しい。指標になるような植物があればいいのだが、そうは巧くいかない。比較的長い距離を歩く場合には徐々に分かってくるのだが、短時間の場合にはちょっと苦労をしてしまう。

このナンバンハコベがいつでもどんな時にも咲いていてくれたら便利だろうな。と思う。変わっているから指標になるのだ。他の花と比べて「変だな」と思われる処が多々あるからだ。さて、どこが変でしょう。と、その前に。ナンバンハコベという名前の由来だが、「ナンバン」と付くこと自体がすでに変わっていますよ。と言っているみたいな物なのだ。「ナンバン」という言い方、遠くから来た、とか異国風というイメージがあるではないか。しかし外来種ではなく日本の各地に自生している植物なのだ。自ら変わってるよと名乗っているナンバンハコベ、さて、なにが変わってるのか。分かりますか。

まずは花びら(白く扁平な長いものです)ですが、一つ一つがひどく離れている。花びらのない花もあるからそれに比べれば、有るのだから変わってはいないではないか。というのは屁理屈です。普通は花びら同士がこんなに離れていない。それなのに萼は半球状だ。なんだかバランスが変である。

この辺にしておこう。こんな風に変わった箇所をすぐに指摘してくれる人が居るときにはぼくの方に緊張が走る。今日は迂闊なことは言えないぞ。と思うのである。いや、いつも、何時だって緊張はしてる。より緊張を強いられる。ということだ。もっとも、こんな事を指摘する人はぼくごときが解説するツアーになんか参加してこないかも知れない。

P-MAC 野外教育センター 石井英行

《ミスミソウ キンポウゲ科》

三角草と漢字表記する。写真でも分かるように葉の形から命名に間違えはないだろう。春の早い時期、まだ山にはたっぷり雪が残っている頃、里山の近くに咲く。色の変化が多く白色、淡紅色、淡紫色、淡青紫色と手元の図鑑にある。写真の花はいったい何色だろう、淡い紫とも、淡い紅色ともとれる。色で判断は出来ないが幸いなことに葉の形が余りにも特徴的なので迷うことはない。ところが困ったことにオオミスミソウという種類があり日本海側に咲く。実はこの写真の花は新潟県で撮っている。しかし、オオミスミソウの方は葉が10~15cmもあるのでこれもなんとか切り抜けて同定ができる。

が、しかしこのミスミソウにはもう一つ難題がある。スハマソウという酷似した花があるからだ。州浜草と漢字表記されるので海の近くにあることがわかる。しかも新潟県に産する花は色の変化が多いとのことだ。手掛かりは葉の先端がミスミソウでは尖り、スハマソウはとがらないということなのだが、こういう違いは時にどちらか区別の付かないものが必ず出てくるので困ることがある。写真は明らかに尖っているのでミスミソウである。

ぼくがこの花を初めてみたのはもうかれこれ40年ほど前である。それは5月のゴールデンウイークにスキーツアーに出かけるようになった頃だ。5月の山はかなり気まぐれで里は晴れていても山頂付近は大荒れ、なんていう日がけっこうある。そんな時はスキーを諦めて近くの里山へ出かけることが多い。その山で見かけたのだ。5月の連休は毎年殆ど同じ山を滑るので、ミスミソウはぼくにとっては出会いたくない花なのだ。ツアーに出られなければしかたなく出かけて行く山に咲くのでそう言うことになる。花の好きな男に出会いたくない花があるなんて何だか矛盾しているが、ゴールデンウイークは一年に一回しかないのだからしかたがない。写真を撮ったこの日、この年は、山の雪が少なく、スキーを担いだまま3時間も林道を歩かされてしまった明くる日だったように記憶する。別のルートから山へ入るつもりだったがさすがに疲れてしまったのと、そのコースも同じように長い林道歩きをさせられるとの情報だったのでツアーを諦めた日であった。

P-MAC 野外教育センター 石井英行

《クロユリ ユリ科》

山でこの花を見かけると先ず誰かが「クロユリハコイノハナ~」と歌い出す。見たことはなくとも誰もが知っている花、というより知っている曲といった方が言いも知れない。ただし60歳以上の人に限られることは承知のうえだ。かくも有名な花なのだが決して「黒」くはない。いってみれば濃い紫色であろうと思われる。クロトウヒレンという花もあるが、あれも厳密には黒とはいいがたい。植物の世界に黒というのが希であるので少しでも色の濃い物があれば皆、「黒」と表現されるようだ。クロウズコ、クロクモソウ、クロツリバナ等々、手元の図鑑を広げてみると20種ほどクロの付く花の名が並んでいる。しかしどれもクロではない。ちなにみ英名では、チョコレートとなっている。なるほどクロよりは近いなと感ずる次第である。それでも北海道で見たクロユリはより黒に近い、という印象を持ったことを覚えている。そう言えば、かつて白山で大群落のクロユリを見たことがあるのだが今でも同じように咲いているのだろうか。

さて、歌のことだが、「クーロユリーは~~~。」と歌う人に「誰の歌でしたっけ」と知らん顔して聞いてみることにしている。もう何人もの人に聞いているのだが、正解を言い当てた人は誰も居ない。いわゆる演歌が大好きでそちらの方面の教室に通っているなどいう人に聞いても答えは返って来ない。「織井茂子さんという人です」というと当然のごとく「へぇ~そんな人知らない」という人と「わあ懐かしい」という人に別れる。「君の名は。を歌った人ですよ」というと「そおか~」といって皆さん破顔になる。流行というのは移ろいやすいものだなと思う。それでもこうやって多くの人の記憶にメロディーだけでも残っているのはいい方ではないのか。もっとも「~恋の花」のその先の歌詞も曲も知っている人は殆どいないというおまけ付きなのだが。

ともわれぼくにとってこういう現象というか状況はありがたい。山行の時、花の名前ばかり教えて歩いてもこちらとしては楽しくもないが、こんな事で参加者の人たちと世間話に興ずる事もできるのだから。ところで題名は「黒百合の歌」菊田一夫作詞、古関裕而作曲であります。

P-MAC 野外教育センター 石井英行